朝、この世界に来て何度目かは咄嗟に出てこないけど、朝だよ。 物語の始まりと一日の始まりっていうのは朝からっていうのが定番かもしれない。 前者はちょっと意味不明かな、おつむが弱いから仕方ない。 「ふあ……あれ、みんなが居ないや……って胃がもやもやする」 この胸焼けは昨日夜中にお菓子を食べた所為だろう。 むかむかもやもやする胃を押さえつつ、体を起こす。 隣を確認するが、家出少女と二人で眠っていたベッドの中には私しか居ない。 寧ろ部屋には私しか居ない。どういうことですか。 隣のベッドの掛け布団はぐちゃぐちゃのままで、備え付けのテレビがついたままだ。 何だか知らない教育テレビか何かで、ちゃちなアニメがやっている。 ともかく、つけたら消すって習わなかったんですか、と誰かに言ってやりたい。 しかし、昨日のゴミたちは片付けてくれたようで、部屋が綺麗になっていた。 寝惚け眼をこすり、やけに明るいと思ったら、カーテンが端の方でまとめてあったのだ。 多分花京院かジョセフさんあたりがやってくれたんだろう。ポルは違うね、きっと。 外を見ると夜ではないし、少なくとも朝ではないことが分かる。寝坊したらしい。 即ち、誰も起こしてくれなかったかもしれないという仮説が浮かび上がる。 「えええ!そうだとしたら酷い、酷すぎるうう。何で誰も起こしてくれなかったのっ」 急いで身支度を整え、隣の部屋に乗り込む。 そして同じ台詞を吐く。勿論ノックと朝の挨拶を先にしてから。 「すまない。何度も起こしたのだが、死んだように反応がないものでな」 「昨日の疲れもあるだろうしな。そっとしといたんじゃよ」 とのことだ。二人とも笑いながら答えた。 しかし、すぐさま真面目な顔になり、私の肩をジョセフさんが掴んだ。 「よーく聞いてくれ。時間がない。 詳しいことは省くが―――先程わしがこの『隠者の紫』で念聴を行ったんだが……」 そこで一旦言葉が途切れ、何やら重い空気が漂い始める。 よく部屋を見渡して見てみると、テレビは壊れ、何やら一騒動あったかのようだ。 更に、二人の表情は険しくなり額には汗が浮かんでいるのだ。 私はごくりと唾を飲み込み、どうしたんですか、と尋ねる。 「花京院がDIOの手下で裏切り者だと言ったんじゃよ」 「DIOの……手下……。ってそんなワケないですよ、何かの間違いなはずです」 「我々もそう思っている。しかし、いつ敵スタンドが現れるかわからない。 も承太郎たちの元へ行ってやってくれないか?」 アヴドゥルさんにそう言われ、気が気でない私は大きく頷いた。 そして急いでホテルを飛び出した。 19 勢いでホテルを飛び出したものの、どんな道順で歩いて行ったのか分からない。 あと、お腹が空いたので適当な店で軽く朝食兼昼食を済ませる。 取り合えずこの辺で、貿易センタービルの場所はどこか聞き込むことにした。 わかったものの、走ってすぐに着くような距離ではないのでほどほど急いで行くことにした。 「美味しかったあ……あー忙しい」 ボヤくがそう忙しくもない。 それにしても、外は熱帯雨林気候のためしっとり暖かい。いや、暑い。 街を見てもヤシやソテツなどの南国で見かけそうな、比較的暖かい所に生息する植物を所々で見かける。 1年の平均気温は確か30度程だった気がする。暑い。 そのため、私の頭の中は、暑い喉渇いた疲れたでいっぱいだ。 「喉渇いた。あー、でも急がなきゃ。後で飲もう」 走ったり歩いたりを繰り返し、たまにバスなどに乗り込む。 そうやって移動しているとふと、朝から騒々しいやつが居ないことに気付く。 いつもなら3回くらいは現れていそうなものなのに。 そう思い、呼んでみるとひょっこり現れた。 『僕が居なくて淋しかった?』 「何の話ですか。でも何で出てこなかったの?」 『僕だって疲れて寝てたんだよ』 「え、疲れるの?」 心底驚いた声を出してしまった。 兎は何食わぬ面持ちで続ける。 『冗談はさておき、承太郎助けに行くの?』 「冗談かよ。……そうだよ、いつ物語が改変されてもいいようにね」 兎は一呼吸置いて言う。 『改変なんてされないんじゃないかなー』 「されなくても、戦闘経験積んでおきたいし。いくら武道の心得があってもね」 『心得ても実践向きじゃないしね』 「そういうこと」 見えてない人からすれば独り言だが、構わず走りながら会話を続ける。 歩道で人にぶつかりそうになって謝ったり、車に轢かれそうになりながらも走る。 目的地はすぐそこだ。 ここはシンガポール南部のマウント・フェーバーの索道乗り場。 つまり、貿易センタービルのケーブルカー乗り場に着いた。 膝に手を置いて肩で呼吸をする。この気候もあり汗がどっと噴き出す。 着くと、どこからか焦燥を感じさせる、必死な女の子の声が聞こえた。 「貿易センターのとこのケーブルカー乗り場ッ!襲われてるのよ」 『あの子の声だね』 「てことは承太郎はもう闘ってるか」 悠長なことを言いながら近付いていくとガシャン、という何か壊れる音が耳に入った。 きゃああ、うわあ、とか短い悲鳴が立て続けに上がる。承太郎がケーブルカーから落ちたのだ。 「あっ、JOJOッ!JOJOがケーブルカーから、とっ、飛び出した! ………え?、さんッ?来て……るわ」 家出少女は私を確認すると、何か短く会話を交わしてから公衆電話の受話器を置いた。 さん付けを躊躇ったのが気になったが、私に向き直って今までのことを説明してくれた。 落ち着きを取り戻したのか、短く分かりやすく説明してくれた。 花京院の様子がおかしかったこと、頭がバガッと割れたこと、自称ハンサムと言っていたこと等など。 あとココナッツジュースが美味しかったわ、と最後に付けたした。そこは省いていいです。 「……と、まあそういうわけなの。ねえ、あんたならJOJOを助けられるでしょう?」 「えーと……助けられなくはないけど、彼自身助けを必要としてなさそうだよ」 承太郎を横目で見ながら言うと、兎は私を見つめて言う。 『今はまずここを出て、下にある船場に行こ!』 私は小さく頷く。 そしてケーブルカーの進む先の、海と島のある方向を指差す。 シンガポール島と向かいにあるセントーサ島がある方向だ。 「家出少女、ここよりあっちに行こう。あっちに向かって進んでるから」 「うん……ねえ、JOJOは本当に大丈夫なんだよねッ?」 とても悲しそうで不安げな表情をするので、少女の頭を撫でた。 わっ、とか何すんだよ、と声を出すが構わずにわしゃわしゃと無造作に撫で回して笑った。 「大丈夫だよ、絶対にね。多少怪我してても死にはしないから」 踵を返して兎と私は歩き始める。勿論彼女も追いかけるようについて歩く。 そういうと家出少女は大きく目を開いた。かと思うと、笑って言う。 そう離れた場所ではないのだが、歩いて行った頃には大方片付いていた。 船場かと思われる所の傍に海があり、海のの中に承太郎と『黄の節制』の本体ラバーソウルが居た。 ラバーソウルは目蓋が腫れ、鼻や口からは血が流れていた。 「鼻の骨が折れちまったァ。歯も何本かブッ飛んだよォ……。 下アゴの骨も針金で繋がなくちゃあならねーよ、きっと……はひィーはひィー」 不謹慎だが今回はあまり戦闘シーンが見れなかったことで残念だ。 しかし、ラバーソウルの(個人的に好きな)名言を聞けてよかった。 「、もう少し離れていろ」 「あ、うん。ごめん!」 言われて徐々に離れ始める。そのため聞こえないと困るので大きな声で返事する。 と、そこで家出少女が顔を出してやられている敵を指差して言う。 「、あいつだ!花京院さんに化けてたの!」 「へえーこいつが自称イケメンか。こりゃあただのブサメンだね」 『ぷぷぷ。ぶさめんー』 少し離れた場所で散々言う私たち。ちなみに兎の声は家出少女に聞こえません。 あはは、とかうけるわソレとか真面目な雰囲気そっちのけで話していると。 「うっとおしいぞテメーら!」 ガツンと怒鳴られて、ごめんなさい、すいませんでしたと口を揃えて謝る。 それなりに離れたつもりだったが聞こえたらしい。 多分他の敵スタンドの情報を聞きだしていたのだろう。申し訳ない。 ふとそこでラバーソウルと目が合う。ボロボロな顔面をにんまりと歪めて口を開く。 「ほォ……お前が……」 「!な……っ」 何を言ったのか最後まで聞き取れなかったが、ラバーソウルは視線を承太郎へ向ける。 承太郎には聞こえるように言ったらしく、大きく目を瞠った。 ラバーソウルはズリズリと堤防のような所に腕を伸ばす。 そしてチラリと排水溝に目をやり、またもにやにやと笑う。 「所で承太郎、今気付いたんだが…… 幸運の女神はまだ俺についていたようだぜ、ヒヒ。 そこんとこの排水溝だがザリガニがたくさんいるだろう、よく見てみな」 排水溝に群がる数匹のザリガニ。その中でも一匹が排水溝の中に入り込む。 入り込んで暫くすると、排水溝のネジがひとつ、ひとつと外れていく。 承太郎は排水溝とラバーソウルを交互に見て、はっと息を呑む。 気付いたときには既に遅し。 排水溝から物凄い量の『黄の節制』が流れ出て、承太郎の体を包み込む。 ラバーソールは道の上にあるマンホールに手を置いて、『黄の節制』を流し込んでいたのだ。 「!!」 「ぐわはははは!そのちいせえー排水溝は! 俺の傍のこのマンホールに続いていたァーッ!」 上半身裸のラバーソウルは道の上のマンホールの丁度真上に立って、『黄の節制』を今度は逆に吸い寄せる。 排水溝の格子に絡みついた『黄の節制』は、格子を真っ二つにし更に承太郎を吸い寄せる。 吸い寄せられた承太郎は、壁面にぴったりとくっつくような形になり、身動きが取れない。 「これでもう俺を攻撃出来まいッ!今俺が話したことは無駄になってしまったな。 空条承太郎!てめーを引きずり込む穴がこんな近くにあるとは…… まったく幸運よのうォー、俺ってさあーっ……ガッ、あ……」 ラバーソウルは高らかに声を上げて喜ぶ。 しかしそこに私のありったけの力を込めたゲンコツを背部にブチ込む。 身長の都合上頭部は狙えなかったが、相手は十分怯んだだろう。 「……やれやれ。自分のことというのは、自分ではなかなか見えにくい……。 気がつかねーのか。本当にてめーが幸運だったのは『いままでだ』ということに。 鼻を折られた程度で済んでいたのが……」 壁面にぶつかった衝撃からか、額から血が流れていた。 承太郎の声のトーンが更に下がり、表情はどんどん険しくなっていく。 しゅん、と背後からスタプラが現れ、海水と共に排水溝をボゴオッと殴る。 その水の出口はマンホールだろう。ラバーソールの足元がかたかたと揺れている。 ついに噴出した。 ラバーソウルの乗ったマンホールは勢いよく数十センチは浮かんだ。 「げえ!は……排水溝にす……水圧のパンチを!」 さらにマンホールは浮かび、蓋がラバーソウルの顔面を思いきり強く叩いた。 プゲェー!と情けない声を上げて再び海へと逆戻りした。 彼の後ろには『黄の節制』の拘束が解け、自由になった承太郎が立っていた。 「はっ!」 肩を震わせて短い悲鳴を上げる。 そこで承太郎に前髪を鷲掴みにされると、またも情けない声を上げる。 蛇に睨まれた蛙、主人に怒られた犬のように怯えた眼差しで承太郎を見る。 情けなく命乞いや言い訳をつらつらと述べる。 しかし、承太郎は思い切り相手を見下ろして、 「もうてめーには何も言うことはねえ……とてもアワれすぎて」 何も言えねえ、と小さく呟きスタプラで何度もボコボコに殴る。 何度も何度も殴りつける。鼻や口、どこから出ているのか分からないけど血が流れる。 磯の香りが鼻腔を通り抜ける。 はっと闘いの終わりを察し、私たちは承太郎の元へ急ぐ。 「承太郎、怪我大丈夫?」 痛い所ない?という意味で尋ねる。 承太郎は学帽をくい、と引いて目を伏せる。 「ああ……大したことねえよ」 「そっか、良かった」 「JOJO、無事で良かった……!」 私の台詞と被るように家出少女は言葉を紡ぐ。 でも彼女の心底安心したような表情をみると、今回ばかりは許せざるを得ない。 承太郎は家出少女にああ、とよく分からない相槌を打った。 そこで私はこそっと承太郎の耳元で囁くように呟く。 「あの子が誰よりも一番に承太郎を心配してたんだよ。罪な男だねい」 「………やれやれだぜ」 小さく息をつく。多分、きっと照れているのだと思う。 そこで白い兎が鈴のような通った可愛らしい声が 『ところでさっきアイツ何か言ってたよね、の方見てサ。何て言ってたのー?』 と無邪気な口調で承太郎の濡れた学帽の上に座って尋ねる。更には顔を覗きこもうとする。 前のめりになりすぎたせいで落っこちてしまうが、くるっと回って綺麗に着地をする。 ねえねえ、と兎は承太郎の返事を急かす。私も気になっていた。 沈黙の末に、ゆっくりと口を開く。 「…………大したことじゃない。 お前の能力はDIOを含む全員の手下に知れ渡ったってだけだ」 「ありゃー、ついに全員に知られちゃったか。ま!知られたって負けないけどね!」 ふん、と握りこぶしを固めて腕を上げる。気合と意気込みは共に十分だ。 承太郎も強い決意のようなものを固めたのだろう、眼差しが強い。 「そうだな。頑張らねえとな……」 「うん!じゃあホテルに帰ろう、花京院が無事だといいけど……」 不安げな表情を浮かべるも、兎が大丈夫だよ!と元気よく答えてくれたので大丈夫な気がした。 原作でも無事だったけど、彼は結局どこにいたのだろうか。 疑問を残しつつ三人と一匹は帰路を進むのであった。 BACK<<★>>NEXT 2010/01/25 |