怒りと言うか腹が立ったことに任せ、後先考えずに偽船長のタロットカードの暗示を言い当てたのはまずかった。 ジョセフさんが承太郎に何故怪しいと思ったのか尋ね、次に私にも同じ問いを尋ねてきた。 タロットカードについて少し勉強していたので、水面との関係が云々でカマ掛けてみたんだよと適当に言った。 (※原作でのカードはウェイト版のタロットが用いられていることによる推測から) それでジョセフさんは納得してくれたようで一安心だ。 兎こと深紅の瞳を持つ深紅の杖は頬を膨らませながら小さな声で言う。 『考えなしの行動は控えたほうがいいよ、。今回みたいに上手く誤魔化せるとは思っちゃあ駄目』 溜息を吐き出すように、でも周りに聞こえないよう小さな声で言う。 まるで私が考えなしの無鉄砲みたいな言い方して……否めないけど。 ふん、と鼻を鳴らし、地を蹴って私の胸元に跳んできたので抱える。 「そりゃ……今回は反省してるよ、ほんとだよ」 『の精神はこの世界のモノじゃないのは僕だって知ってるんだからさ、冷や冷やさせないでよ』 「そうだよね、知ってるんだもんね……ええっ!知ってたの?」 鈴のように透明感のある声で、しかし冷静な調子で話す兎。 とくとくと本物の兎のように早く脈打つ鼓動が私の手を通して伝わってくる。 こんな会話をしているが、今承太郎が偽船長である『暗青の月』のスタンド使いを殴り飛ばしたところだ。 『知らないわけないでしょ。僕はの生命エネルギーなんだから』 「そ……そっか。そういうもんなのか」 『の根っこの部分の強い気持ちが像となってるしね』 「根っこ?」 良く分からない、と首を傾げるがその話はこれで終わってしまったようで黙り込んでしまった。 海に飛び込んだ所為で髪から滴る海水が兎にぽたぽた垂れる。 それを鬱陶しそうに身体を震わせながらはじき飛ばす。 『冷たーい。あ、じょーたろーが引きずり込まれるよ』 「う、うん」 正直心配で仕方ないので、話よりも承太郎のほうをなんども見る。 きっと今頃フジツボに襲われてるんだろうなあ。心配だなあ。 『この物語は一つの物語として独立していて、の知ってる物語だけどそうじゃない』 「哲学の話?悪いけど私理解できるほど頭よくないよ」 『そんなの僕が一番知ってるよー』 失礼なやつだな。 でも兎は遠まわしに、何かを諭すように言葉を紡ぐ。何か意味があるのだろうか。 こうも話をしている間に承太郎は暗青の月によって海に引きずりこまれてしまった。 家出少女は法皇の緑のお陰で海に引きずりこまれずに済んだのが幸いだ。 「……ともかくその話は後にして。 いくら、その、……物語を知ってるからって皆のことが心配じゃないわけないんだから」 この言葉だけは囁くように小さな声で伝えた。 兎は はいはいわかったよ、と投げやりに答えて私の腕からするりと抜けて甲板の手すりの上に乗った。 そして何事もなかったのかのようにジョセフさんに声を掛けている。 16 私は花京院の隣に立ち、海面を見る。 水中に引きずり込まれた承太郎と、スタンドの星の白金の姿がぼんやり見えた。 何分潜ってられるのか分からないけど、敵スタンドの方が有利なのだけはわかる。 「承太郎、大丈夫かなあ……」 「いくらなんでも遅い。浮かんでこないぞ!」 「あ、私助けに……」 行く、と言おうとしたら手すりから身を乗り出すようにしていた花京院にデコピンされた。 何するの、と言おうとしたらまたも邪魔される。 「馬鹿、君、泳ぐの苦手なんだろう?死にに行くようなものじゃないか」 「あーそうだった……無力」 がく、と肩を落とすも海面を見ながら花京院は肩を叩いてくれた。 兎はジョセフさんの肩の上に乗っていた。ポルナレフもアヴドゥルさんも承太郎を見守る。 そこで海面が渦を巻き始める。 「渦だ!巨大な渦ができてるんだ」 「助けに行くぞ!」 三人はスタンドを出す。 まず先にハイエロファントが渦巻く海面に手を付ける。 しかし渦の流れと切れ味の良い鱗の所為で、海には入れない。 花京院の手からは血がぽたぽたと滴る。 「渦の中に無数にやつのスタンドのカッターの鱗が舞っているッ!」 「やつが六対一でも勝てると言ったのはハッタリではない。……これは水の蟻地獄だ」 「わしらが飛び込めば皆殺しの確立大だ!しかし……」 はた、と全員が私を見る。え、ちょ、無理だって。 ジョセフさんは兎に話しかける。 「深紅の杖、お前さんの能力なら鱗は防げるな?」 『防げなくないけど、本体がまともに泳げないからなー。心配しなくてもじょーたろーは大丈夫そうだよ』 ちょいちょいと前足の指す渦中で承太郎が見え隠れしている。 でもその承太郎はぐったりしているように見え、どうみても心配だ。 「ぐ、ぐったりしてるじゃねえかッ!何が大丈夫なんだよ!」 「ぐったり……?全然もがいてなかったのか?……そりゃひょっとしたらナイスかもしれんな」 『でしょー。どーだポル』 ポルナレフに首根っこ掴まれた兎は誇らしげな声で言った。 そしてポルの手の中でじたばたと暴れてジョセフさんの肩の上に戻る。 『流星指刺』を使って倒したのだろうか。見たかったなあ。 海の中が一部赤黒い色に染まったと思ったら、ぷはー、と新鮮な酸素を取り込みながら海面に承太郎が現れた。 「……まったく、やれやれだぜ」 「承太郎!」 「おお!」 「やはりわしの孫よ!」 口々に歓声を上げ、花京院がハイエロファントで承太郎を引き上げる。 水が滴る良い男の承太郎に抱きつくも、うっとーしい!と追い払われる始末だ。 そこに船員が駆け寄ってくる。その表情は深刻そうで、ジョセフさんが話を伺う。 「あの、ば、爆弾を見つけました」 「なんだってェ!?早く逃げようぜーッ」 ポルナレフがジョセフさんよりも先に答える。 言い終わって丁度、もしくは語尾に被るように爆発音が響いた。 その轟音に思わず耳を塞ぐが意味はない。 一回目の爆発が合図だったかのように次々に船上が爆発する。 「な、何なの?爆発したーっ」 『落ち着きなよ、早くそこの家出少女連れて逃げないと』 いつものようにいきなり現れる。さっきまでジョセフさんといたのに。 爆発に伴い船は炎上している。家出少女はすぐ傍に居て助かった。 「あ、そうだ!家出少女、脱出するよ」 「あんた……誰と話してたの?」 訝しげな視線が刺さる。そうか、兎も家出少女には見えないんだ。 家出少女は髪を後ろに払いながらきょろきょろと周りを見る。 私は家出少女に手を差し伸べたとき、ふわっと体が浮いた。 「誰も居ないよ、独り言。さあ行こ……っひゃ」 「?……ちょ、何すんだ変態!」 「やかましいッ!てめーら何ごちゃごちゃ言ってやがる。早くボートに行くぞ」 炎上したボートの上でほんの少し話してただけだけど、それでも火の回りが早い。 承太郎は私と家出少女を抱えて、下でボートに乗って待機してるジョセフさんたちの所まで運んでくれた。 その間に家出少女は離せー!と暴れていたが、一喝されると大人しくなった。 船炎上から一晩越した今。 直射日光を遮るものは何もなく、昨日同様の暑い日ざしが照りつける。 波は穏やかで、取り敢えず進んではいるものの、どこに流されているか分からない。 せめてもの救いが、手漕ぎボートじゃなくて良かった。 汗を拭う私にジョセフさんはボトルを取り出す。 「、水分補給したほうがいいぞ。 救難信号を打ってあるから、もうじき助けがくるだろう」 「ありがとうございます!でもまだ大丈夫。おじょーさんこそ飲んだ方がいいぜえー」 丁重に断るとジョセフさんは家出少女の方にボトルを向けた。 飲みなさい、と差し出されたボトルを受け取り、疑るような視線で私達を見る。 「何が何だか分からないけど、あなたたち何者なの……?」 「君と同じに旅に急ぐ者だよ。もっとも君は父さんに会いに、わしは娘のためにだがね」 優しく言うと、少女はボトルに口を付ける。 しかしその瞬間に水を盛大に噴出した。 「こらこら大切な水じゃぞ。貴重な水を吐き出すヤツがあるか?」 「ちちち違う!あれを見て!」 目の前にはいつの間にか霧が立ちこみ、大きな貨物船が立ちふさがっていた。 一同は船だ!救難信号を受け取ってくれたんだ!と口々に喜んだが、承太郎だけは違った。 ぽつりと私は小さく呟く。 「怪しいねえ」 「…………まあな」 楽しそうに言う私を余所目に、眉間にシワを寄せながら答える承太郎。 ジョセフさんは承太郎の言葉にさらに問いかける。 「またスタンド使いがいるかも知れんと思っているのか?」 「いや、タラップが下りてるのに、何故誰も顔を覗かせないのかと考えていた所だ」 「もしかして、これ、幽霊船じゃない?」 「馬鹿言え」 ふんと鼻を鳴らすように笑う。ジョセフさんは言われて、あ!と声を漏らす。 でも確かに人の気配を感じられないというか、ひたすら静かだ。 花京院とポルナレフ、アヴドゥルさんは一足先にタラップを上っている。 「ここまで救助に来てくれたんだ! 誰も乗ってねえわけねえだろーがッ! たとえ全員スタンド使いだとしても、俺はこの船に乗るぜッ」 「もー、乗らないなんて言ってないよー」 もう、と頬を膨らませながら駆け上がる水夫たちとポルナレフたちを見送った。 そこで承太郎が手を差し伸べる。私にではない、家出少女にだ。 「つかまりな。手を貸すぜ」 「……べーっ」 ボートから飛び降り、ジョセフさんに抱きついて赤い舌をちろりと出した。 あああ可愛いよ!家出少女可愛いよ!むはーっ。 承太郎の行き場を失くした手に私が捕まる。 「私が借りてあげましょー」 「てめーは自分で降りろ」 「とか言いながらちゃんと捕まらせてくれるんだからっ」 このツンデレめっとか言ったらグーで頭を小突かれた。いや痛くないけどさ。 承太郎に捕まって降りたこの貨物船は、無人で自動操縦で動いていた。 操舵室を開けて吃驚。船員が誰一人居ないのには驚きだけど、船長すら居ない。 各々で船内を散策してみることになった。 私は部屋には入らずに甲板に出て、アヴドゥルさんの傍に居た。 承太郎たちについて行かないのは、以前の過ちを繰り返さないため。 水夫たちは海を見たり、周囲を見たりしている。 「は……」 「は、はい?」 周囲を気にかけていた所為で突然話しかけられ、声が上ずってしまった。 アヴドゥルさんは困ったような、それでも穏やかな目をして言った。 「は何か知っているのかな?」 どくん。心臓が跳ねる。 どくどくどく。心臓が高鳴る。 目が泳ぐ。変な汗が出る。 間を置くな。間を置けば置くほど怪しまれる。 「―――私、……」 何も知らない、そう言おうとした時に視界の端にジョセフさんが映った。 確か原作ではこのタイミングで後ろにいた水夫が殺されるんだ。 「あ、っ……『深紅の杖』!」 『お人よしの馬鹿なんだから』 水夫にクレーンが触れるよりもはやく、兎が姿を現しクレーンに触れて消した。 兎は私を馬鹿と言ったけど、助けないほうが馬鹿だ。後悔するに決まってる。 『灰の塔』の時には乗客を護ってやることは出来なかったけど。 助けることが出来たんだ、と安堵する。 戻ってきた兎を抱きながら、アヴドゥルさんを見る。 そして先程答えそびれた答えをきっぱりと答える。 「私は特に何も知りませんよ」 BACK<<★>>NEXT 2009/10/31 |