生身の人間の手じゃあスタンドにダメージ与えることは出来ない。
まだスタンドを使いこなせていない彼女は、それでも自らの身を省みずに僕の前に立った。
スタンドを信じる……というのも不思議な言い方だが、自立型のスタンドを持つ彼女はそうしたようだ。

彼女の、の能力は使いこなせればかなりの戦力が期待できる。
しかしが闘うことをせず、使いこなせないのであればソレはただの足手まといだ。
だから僕は彼女にも闘うチャンスをつくり、見極めようと思った。

結果としては、疑ったことに対し後ろめたさを覚えたと言ったところか。


「いん……おい花京院」


肩を叩きながら呼ばれ、僕はハッとして振り返る。
そこには空条承太郎がいた。

「あ、ああ。すまない、何だい?」
「大丈夫か?なに、そこのじじいの額には肉の芽は埋まってたのか聞きたかっただけだ」
「肉の芽は……埋め込まれていないようだ」

焦点が定まらず至る箇所から血を流すじいさんの額を覗くが、なにもない。
はて、と疑問に思うと丁度良くアヴドゥルさんが説明をしてくれた。

「『灰の塔(タワーオブグレー)』はもともと旅行者を事故に見せかけて殺し、
 金品を巻き上げている根っからの悪党スタンドだ。
 金で雇われ、欲に目がくらんでそこをDIOに利用されたという所だろう」

そう言いながらアヴドゥルさんはじいさんに白い布を被せる。
と、そのときガクンと急に機体が傾いた。
ジョースターさんも気付いたらしく、機体の動きに集中する。

「ん?変じゃ……さっきから気のせいか機体が傾いて飛行しているぞ……」
「ジョセフさん、気のせいじゃないです。さっきのおじいさんがもしかして......」
「ま、まさか……ッ!」

はそう言いながら前を見る。眉は下がり、心配そうな表情をしている。
その視線を追うようにジョースターさんが走って行く。
僕らも後を追う。追いながらそうか!と少し遅れてしまったが理解することが出来た。

ジョースターさんは操縦室へと手を掛けるが、女性乗務員らに止められる。
しかしそれを振り払い、先に操縦室に入る。そこに承太郎とも続く。

「お、お客様……、はっ」

緊急時だというのに乗務員は熱っぽいような目線を承太郎に送る。
しかし承太郎は乗務員を突き飛ばし、後を追う。

「どけアマ……ってぇ」
「すいませーんっ!駄目でしょ、突き飛ばしちゃあ」

は乗務員を突き飛ばした瞬間、承太郎の背中を叩く。しかしそのまま操縦室に入っていく。
突き飛ばされた乗務員は必然的に、後を追う僕の前に倒れそうになるが肩を掴んで支える。

「おっと……失礼。女性を邪険に扱うなんて許せないヤツですが……今は緊急時なのです。
 許してやって下さい」
「は……はい」

優しく丁寧に言うと、二人の乗務員は大人しくなった。
どこかその視線が熱っぽいのは気のせいだろう。そうだろう。





13





操縦室に入って唖然として、言葉を失った。
いや、物語を知っているのだから唖然と言う言葉は語弊があるかも知れない。
咄嗟に前にいた承太郎は私の目を塞ぐ。

「わ、何すんの」
「お前は見るんじゃねェ。舌を抜かれている。
 あのクワガタ野郎、既にパイロット達を殺していたのか」

しかしそんな承太郎の気遣いも虚しく、もう視界に入っている。
操縦室に入ってすぐに機長らが舌を抜かれて、すでに息絶えているのが見えてしまった。
漫画なら全然大丈夫なのに、まるでグロい殺人映画を見ているようだ。

優しさは十分有り難いが、目を閉じているとフラッシュバックして余計気持ち悪い。
それならいっそ見たほうが幾分か楽だろう。
私は目を覆っている大きな手を外してジョセフさんに尋ねる。

ジョセフさんは操縦機器を隅々まで弄り、どうにかしようとしていた。
しかしその表情には苦渋の色が浮かんでおり、心配で尋ねてみた。

「……だ、大丈夫。それより自動操縦装置、使えそうですか?」
「駄目じゃ。破壊されている……この機は墜落するぞ」

ジョセフさんはさらに操縦システムを確認し、冷や汗をかく。
そんな緊急時に操縦室の外から女性の悲鳴のようなものが聞こえ、振り返る。
操縦室に足を踏み入れたのは、そう。

「ぶわばばばーはははッ!」
「わっ、吃驚した!」
「なにッ!?」

そこに居たのは先程倒したはずの『灰の塔』のスタンド使いだ。
アヴドゥルさんが掛けた布を被り、噴出さんばかりに血を流しながら奇声を上げる。
普通の人間ならばとっくに絶命していてもおかしくない。これがDIOの支配力なのかな。

「わしは事故と旅の中止を暗示する『塔』のカードを持つスタンド!
 お前らはDIO様の所へは行けんン!
 たとえこの機の墜落から助かったからとて、エジプトまでは一万キロ。
 その間!DIO様に忠誠を誓った者共が四六時中貴様らを付狙うのドァッ!

『灰の塔』の本体はベロベロと裂けた舌を動かし、溢れる血の量も徐々に増してきた。
おじいさんの話した言葉の途中で、ふと以前アヴドゥルさんが言った言葉を思い出す。
私のスタンドについて説明してくれた時の言葉を。そして駆け出す。


「世界中にはお前らの知らん想像を超えたブフゥッ!」

「残念だけど、『塔』の暗示を打ち消すよ。
 私のスタンドのカードは状況の始まりも暗示してるから」


おじいさんを殴りつけ、もう聞こえてないだろうが言い捨てた。
スタンドじゃなきゃ私だって触れるからね。拳が痛いな。
崩れるように倒れたおじいさんの周りは、血溜りのように残りの血が溢れる。
……ん?何で私殴ったんだ?

、お前大丈夫か?」
「……よくわかんないや、でも大丈夫」
「そうか」

何に対しての心配か分からないけど、今私の心を埋めつくす気持ち素直に答えた。
承太郎は操縦席に腰を下ろしながら私の頭に手を置いて二度叩いた。
そこに操縦室の入り口に居た女性乗務員は小さく声を上げた。

「ひッ」

悲鳴を上げない事に承太郎は さすがプロだ、と賞賛した。
確かにここは大声で悲鳴を上げてもおかしくない惨状だけどさ。

「このじじいがこの機をこれから海上に不時着させる。
 他の乗客に救命具をつけて座席ベルトを締めさせな」
「うーむ……プロペラ機なら経験あるんじゃがの……」

ジョセフさんは操縦桿を握りながら唸る。
花京院は小さく プロペラ機……、と心配そうな表情を浮かべた。


「しかし承太郎、これでわしゃ三度目だぞ。
 人生で三回も飛行機で墜落するなんて、そんなヤツあるかなあ」


その言葉に一同は固まり、ジョセフさんを見る。
沈黙の中で響く耳障りなエンジン音と機体のゆれが気になった。
不時着体制の中、承太郎は言った。いや言い捨てた。

「二度とテメーとは一緒に乗らねえ」








香港沖の三十五キロに不時着した私たちは、賑やかな町並みを進み、料理店に居る。
そこで今後の移動手段やらについて話を進めているわけなのだが。

「またあのようなスタンド使いに飛行機内で出会ったなら、
 今度と言う今度は大人数を巻き込む大惨事を引き起こすだろう」

「陸路か……はたまた海路をとってエジプトに入るしかない……。
 しかし、五十日以内にDIOに会わなければ!
 ホリィさんの命が危険なことは前に言いましたな……」

アヴドゥルさんの言葉にジョセフさんと承太郎の顔が曇る。
円形のテーブルを囲むように腰掛けているから、各々の表情が良く分かる。
花京院は目を伏せ 今頃はカイロに着いているものを、と悔しそうに言う。

「わかっている。しかし案ずるのはまだ早い。
 百年前のジュール・ベルヌの小説では、八十日間で世界一周四万キロを旅する話がある。
 汽車とか蒸気船の時代だぞ。
 飛行機がなくても五十日あれば一万キロのエジプトまでわけなくいけるさ」

ジョセフさんは得意げに言う。
さすが年長者と言うべきか、知識があり知恵が回る。
彼は海路で行くことを提案した。
そして適当な大きさの船をチャーターし、マレーシア半島を回ってインド洋を突っ切る。
つまり海のシルクロードを行く方法だ。

「わたしもそれがいいと思う。
 陸も国境が面倒だし、ヒマラヤや砂漠もある。
 そこでもしトラブッたら足止めを食らう危険がある」

「僕はそんな所、両方行った事がないのでなんとも言えません。
 お二人に従います」
「同じ」
「私もです」

この中で旅の経験が豊富で知識もあるのは、ジョセフさんとアヴドゥルさんだけだ。
まあ私たちは学生だし、旅なんてしてるわけないけど。
そこは花京院や承太郎と同意見という事で片付いた。

しかしジョセフさんが一番心配しているのは、DIOの差し金のスタンド使いだ。
周りも被害を被る可能性があるし、できるだけ見つからずに行きたい。

と、そこで花京院が茶瓶の蓋をずらす。
私と承太郎はピクリと反応し、花京院の手元をじっと見つめる。
その視線に気付いた花京院は笑みを浮かべながら説明をしてくれた。

「フフ……これはお茶のおかわりを欲しいときのサインだよ。
 香港では茶ビンのフタをずらしておくと、おかわりを持ってきてくれるんだ」
「へえー豆知識だね」

私も真似をしてみたら、従業員さんが本当に来た。すごい。
承太郎は何も言わずに話を聞いている。

「豆知識……雑学と言ってもらいたいな。
 人にお茶を茶碗に注いでもらった時は、人差し指で二回テーブルを叩くんだ。
 それが『ありがとう』のサインさ」

「あ!さっきやってない!……もっと早く言ってよーっ」
「君が先に呼んだんだろ?」

くすくすと笑う花京院。
飛行機の中との態度が360度くらい変化したので、思わずどきっと心臓が跳ねた。
生花京院の笑顔!いつかピシガシグッグッ!ってしよう!
もともと整った顔の彼の優しい笑顔はファンの皆様が見たら卒倒するでしょう。間違いない。


「すみません、ちょっといいですか?」

私たちではない誰かの声は花京院に掛けられた。
振り返るとタンクトップ姿で、すごく髪が直立していて
耳には割れたハート型のピアスを付けている二十歳くらいのおフランスな男性が立っていた。

「わたしはフランスから来た旅行者なんですが……。
 どうも漢字が難しくてメニューがわかりません。助けけて欲しいのですが」
「やかましい。向こうへ行け」

承太郎はおフランスの彼を思いっきり邪険に扱う。
そこにジョセフさんがなだめるように言う。

「おいおい承太郎……まあいいじゃないか。
 わしゃ何度も香港は来とるから、メニューぐらいの漢字は大体わかる」

そう言ってメニューを眺めるジョセフさん。
私もメニューを見て杏仁豆腐を発見した。食べたい。
お金持ってるし、と思い注文した。

「で……何を注文したい?エビとアヒルとフカのヒレとキノコの料理?」

なにやら不思議な注文を済ませて運ばれてきた料理を見て、呆然とした。
うん、まあ語尾に疑問符がついた時点で危機感を抱くべきだった。
運ばれてきたものは、おかゆと魚の煮たもの、貝料理……と……カエルの……丸焼き。

「わはははは、ま……いいじゃないか。
 みんなで食べよう。わしの奢りじゃ」

ジョセフさんは笑いながら 何を注文してもうまいものよ、と言う。
私は無事に注文できたらしい杏仁豆腐を口に運ぶ。うまーい。

料理を食べている最中におフランスの彼がニンジンを箸で掴む。
普通に箸を使ってるのってすごい事だと思うんだけど。

「手間ひまこさえてありますなあ。
 ほら、このニンジンの形……(スター)の形。なんか見覚えがあるなあー」

そう言って星形のニンジンをゆっくり見つめる。
私はそろそろ始まる戦闘に備えて、一気に杏仁豆腐を完食する。もっと味わいたかった。

「そうそう。
 わたしの知り合いが、首筋にこれと同じ形のアザを持っていたな……」

ぺたり、と首筋にニンジンを当てながら、鋭い眼光を向ける。
先程までのひょうきんな彼とは打って変わった表情を浮かべる。
まさか、という表情で彼……ポルナレフを見る。

「貴様!新手の……」
「ジョセフさん、避けて!」

花京院とワンテンポ差があって私が言う。
ジョセフさんの目の前の器からサーベルが飛び出し、ジョセフさんに向かって振り下ろされる。
咄嗟に義手の方の手でガードしたから防ぐことができたものの、逆の手だったらと思うと背筋が凍る。

ジョセフさんが防いだのとほぼ同時のタイミングで、アヴドゥルさんが『魔術師の赤(マジシャンズレッド)』をだす。
マジシャンズレッドは咆哮をあげて炎を繰り出す。
しかし炎は回転させえたサーベルの周りに漂い、敵を攻撃せず剣に纏わりつく。

「なに!」

そこに居たのは銀色の甲冑姿のスタンドだった。
そのスタンドが剣を振り、壊れたテーブルにマジシャンズレッドの炎を打ち付ける。
打ち付けられた炎は、テーブルをまるで火時計のように文字と針を刻んだ。
一同がその剣さばきに息を呑んだが、アヴドゥルさんは気圧されていなかった。

「俺のスタンドは戦車のカードを持つ『銀の戦車(シルバーチャリオッツ)』!
 モハメド・アヴドゥル……始末してほしいのは貴様からのようだな……。
 そのテーブルに火時計を作った!火が十二時を燃やすまでに、貴様を殺す!」

「恐るべき剣さばき……見事なものだが、テーブルの炎が『十二』を燃やすまでに
 このわたしを倒すだと?相当自惚れが過ぎないか?ああーっと……」

確かに初対面で相当アヴドゥルさんを見くびっている。
それは自惚れ以外の言葉を上げるとしたら、自信過剰か自己陶酔しているのか。
なーんて思うだろうけど、おフランスの彼ことポルナレフは確かに強い。
彼は片手は腰に、もう片手は頬に手を当てて名乗る。

「ポルナレフ……名乗らせていただこう、J・P・ポルナレフ!」

その礼儀正しさにアヴドゥルさんはありがとう、といった。
騎士道やら“道”の礼を重んずる精神に私は心を打たれた。

あと、その髪型に目を奪われた(感動的な意味で)



















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2009/09/05