一般人も利用する航空便に乗って、僕達はカイロを目指す。 カイロに行けばDIOと対決が待っている。僕らで敵うのだろうか。 ……いいや、弱気になってはいけない。 それにしても彼女は何なんだ? 制服に黒いスパッツを穿いて、まるで格闘漫画のようだ。 確か格闘ゲーにも女子高生でさ●らとかって名前のキャラがいたよな。 彼女は本気で自分がスタンド使いとの戦闘で、同等に渡り合えると思ってるのだろうか。 最初、僕はてっきり彼女は承太郎の取り巻きか何かかと思っていた。 けれど僕が承太郎に敗れ、目が覚めれば居るし、同じスタンド使いだと言う。 さらには旅にまで付いてくると言い張ってきかなかった。 能力を尋ねると本人は、消滅!と元気に答えた。 実際見てみなければわからないけど、たとえ能力が優れていたとしよう。 それでも本体である彼女自身が弱くちゃ意味がないだろう。 DIOがいかに恐ろしい存在で、どれだけ強いのかわかっていない。 それどころか闘いというものを知らないからあんなに無邪気なんだと思う。 女性は女性らしく、という言葉通り空条家で大人しく待っていればいいのに。 これが僕の隣に座って機内食をおぞましいくらい食べている彼女、 ―――に対する今の気持ちだ。 ……機内食を普通の人間の三倍は食べているぞ。 12 飛行機のエンジン音、風を切る音、全てが楽しくて仕方ない。 先程機内食をお腹いっぱい食べて気分も最高! 人生で飛行機に乗るなんてそうそうないよー、と花京院に話しかける。 花京院はうつらうつらと夢うつつな模様だ。 「……飛行機乗ってからどれくらい経ったと思ってるんだい?」 「最初の十分くらいまでは覚えてるけど......うーん」 「考えなくていいよ……少し寝させてくれ……」 「ちぇー。お休みなさーい」 眠さ故かローテンションの花京院は、くあ、と欠伸をしてから目蓋を閉じた。 承太郎も睫毛長いほうだと思うけど花京院も長いなあ。 大体にしてそのピアスは何の形をモチーフにしているんだろう。 さくらんぼ?いや、見えない。この際大好きなさくらんぼにすればいいのに。 なんてそんな余計なことを考えながら見ていると、後ろの席から声がした。 「見られた。今DIOに確かに見られた感触があった。 気をつけろ……。早くも新手のスタンド使いがこの機に乗っているかもしれん」 「ああ」 あ、盗み聞きしちゃった。 でも確かこのあと変なおじいさんが出てくるんだよね。 ちなみに座席の説明をすると、後ろの席はジョセフさんと承太郎が座っている。 その前に私たちの席があり、さらに前にアヴドゥルさんが座っている。 最初は原作どおりに座って、私が一人になろうと思ったんだけど 大人の優しさというか、アヴドゥルさんがなにやら気遣ってくれたみたいだ。 一人席といっても他のお客さんと相乗りになるだけなんだけどね。 と、説明をしている間に大きなクワガタが機内を飛び始めた。 私はさっきお休みをしたばかりの花京院を揺さぶる。 「かきょーいん、ねえ、花京院」 「……うん……なんだい?」 「低血圧じゃなくて良かった。クワガタが機内を飛んでるよ!」 「クワガタ……。……!」 クワガタ、と呟いてもう一眠りしそうになったがブゥンと羽ばたく音が聞こえて目を覚ます。 それには承太郎たちも気付いたらしくこちらと同じような反応をする。 クワガタは羽ばたいて座席の陰に隠れる。 「機内に虫だと?普通じゃあないな!」 承太郎は立ち上がり、辺りを見回す。 しかし見回しても寝ているお客さんしか見当たらない。 ジョセフさんがアヴドゥルさんに近寄り、尋ねる。 「アヴドゥル、スタンドかッ!……は、早くも新手のDIOのスタンド使いかッ!」 「……虫の形をした『スタンド』……、ありうる」 二人は気配を探るように辺りを見回しながら会話をする。 そこで視界の隅に黒い影が映る。丁度それは承太郎に向かっていく。 「うわっ、承太郎!」 「承太郎!君の頭の横にいるぞ!」 私と花京院は殆ど同じタイミングで言う。 黒い影……大きなクワガタは承太郎のすぐ隣で羽ばたく。 そして口からウジュルウジュルと舌先の尖った舌を出す。 「うあーウジュルウジュルいってる」 「、君の注意は言葉足らずだ」 「あ、ごめんごめん」 私があらー、と頬をポリポリかきながら謝る。 すると花京院はふう、と溜息を吐く。 あれ...なんか態度があまりにも違わないですか。嫌われてる? 「気持ち悪ィな。だがここは俺に任せろ」 そう言いながら大きなクワガタに手を出す承太郎。 アヴドゥルさんは、人の舌を食いちぎるスタンドがいると心配そうに言う。 承太郎はスタープラチナを出して掴もうとする。 しかしクワガタは弾丸さえも掴むスタプラの動きに捕まることもなく、空中を飛行している。 「か、かわした……ッ!信じられん! 弾丸を掴むほどの正確な動きをする、承太郎のスタンドの動きより早いッ!」 「やはりスタンドだ、その虫はッ!こいつを操る使い手はどこに潜んでいるッ!?」 アヴドゥルさん、花京院の二人は目を凝らして客席を振り返る。 しかしぱっと見てわかるように身を潜めるわけもない。 その間にクワガタは口から針のような舌を、スタプラ目掛けて出す。 咄嗟に手を広げ対処するが、針のような舌はスタプラの掌を貫通し口へと侵入する。 「承太郎!」 いや、間一髪のところでスタプラが歯で食い止めたらしい。 ほっと胸を撫で下ろすが、口から血が流れているのが見える。 そこでやっぱり奴だ、とアブドゥルさんがいう。 「タロットでの『塔のカード』!破壊と災害、そして旅の中止の暗示を持つスタンド。 『灰の塔』!」 こんな可愛くもなんともないクワガタは、どうみてもスタンドだと思うけど。 なんて思ったのは秘密で、アヴドゥルさんは続ける。 「『灰の塔』は事故に見せかけて大量殺戮をするスタンド! 例えば飛行機事故!列車事故!ビル火災などはコイツのお手の物。 いや、すでに昨年のイギリスでの三百人を失った飛行機事故はこいつの仕業といわれている」 DIOの命令か、と付け加えるがクワガタは答えない。 承太郎はオラァ!と気合を入れてラッシュを繰り出す。 しかしそれもすべてかわされてしまう。 「スタプラのラッシュに負けない早さ……すごいね」 「感心してる場合じゃあない。君も本体を捜すんだ」 ふむ、と感心していると花京院怒られた。 やっぱり花京院の私に対する風当たりは冷たいようだ。 「ククク……たとえここから一センチメートルの距離より、 十丁の銃から弾丸を撃ったとして……弾丸はおれのスタンドに触れることさえ出来ん! もっとも弾丸でスタンドは殺せぬがな」 こんな場合は本体を倒すのが手っ取り早くていいのだけれど、操っているその本体がどこにいるのかが問題だ。 この何十人やら何百人やらの人の中から本体を捜しだすのは至難の業だ。 しかし、ジョセフさんやアヴドゥルさん、花京院は目を凝らして捜す。 と、そのときクワガタがまた動いた。 瞬時に消えたかのように素早く座席の後ろに移動し、眠っている乗客数人の頭部を貫いた。 「あ……っ」 その瞬間何とも言い表せない衝動が走った。 先程までは、今さっきまでは生きていた人たちの命が一瞬にして消えた。 人の命を蝋燭に例える人っているけど、まさにソレだ。 でも、今消えた命は蝋燭の火を勝手に消されたのだ。まだ消えない炎だったはずだ。 しかも私は物語を知っていて、消滅の能力があるにも関わらず護れなかった。 そんな後悔とともに生々しい現実の死の現場にいるという自覚を持つ。 「どう、し……よ」 「?」 承太郎が声を掛けてくれるが気が回らない。 どうしよう、私の足がカタカタ震えている。 それは怖さからなのか、やるせなさなのかどこから来たのかわからない。 「ビンゴォ!舌を引きちぎった!そしておれの目的は……」 クワガタは引きちぎった舌から滴る血を使い、壁にこすり付ける。 そこにはMassacle!と言う単語が書き殴られていた。 「まさ……マサクゥル……?」 「焼き殺してくれるッ!魔術師の赤!」 「待って下さい、アヴドゥルさん!」 スタンドを出すアヴドゥルさんを制止し、花京院はこちらを見る。 私は 意味なんだっけ、と頭の中の引き出しから記憶を漁る。 答えを見つけ出す前に花京院が、皆殺しという意味だと教えてくれた。 「うーん、ムニャムニャ。何か騒々しいのォ。何事かな」 一人のおじいさんが目を覚まし、トイレにでも行くかと立ち上がる。 そして血文字付きの壁に手をつくとパニックに陥った。 「M・a・s……?血か、血ィィ……ひえぇーっ」 「あて身」 「おお!」 パニック状態のおじいさんに噂の当て身を食らわせる花京院。 次に歓声を上げた私を見てうーん、と唸る。 さっきからチラチラこっち見たり、人の顔見て唸り声あげたり何ですか。 「他の乗客が気付いて、パニックを起こす前にヤツを倒さねばなりません。 アヴドゥルさん、あなたの炎のスタンドはこの飛行機までも爆発させかねません。 承太郎……君のパワーも、機体壁に穴でも開けたりしたら大惨事だ!」 そこにジョセフさんが入ってない事につっこんでいいですか。 しかし私が口を開こうとしたところに、花京院の声が重なる。 「だからここは僕の静なるスタンド『法皇の緑』と ……のスタンド『深紅の杖』がヤツを始末するのに相応しい」 そう言って構える花京院。 あれ、原作だと確か花京院一人で闘うはずだよね。 「には危険じゃ!」 「それには及びませんよ、ジョースターさん。彼女のスタンドの能力は“消滅”なんですよね? いざという時には消せばどうにでもなりますよ。それに彼女に闘ってもらうわけじゃあありません。 もしもの場合にサポートしてもらうんです」 花京院がそう言うがジョセフさんは、しかし……と腑に落ちない。 アヴドゥルさんと承太郎は口を挟まずにただ見守るばかりだ。 そこにクワガタがクククと笑いながら言う。 「花京院典明か。DIO様から聞いてよーく知っているよ。 自分のスタンドが『静』と知っているなら俺には挑むまい。 貴様のスピードでは俺を捕らえることはできん!」 ギラリと禍々しく光るクワガタの眼光。 絶対の勝利を確信した者の持つ眼差しだと思う。 一応私も闘うんですけど、といいたかったけど空気を読む。 「そうかな」 花京院は両手の親指、人差し指、小指を立てた。 そしてズアッという擬音でお馴染みのポーズをとる。 「エメラルドスプラッシュ!」 宝石型のエネルギー弾がいくつも放たれる。 しかしクワガタは奇声のような咆哮を上げ、避けながら向かってくる。 やはりスピードは敵の方が上のようだ。 「まずい!やはりあのスピードにかわされた!」 「花京院!」 アヴドゥルさんが声を上げると同時に私は彼の名前を呼ぶ。 それと同時に足が動き、走り出していた。向かった先は花京院の目の前。 『ばか……ッ!』 カーディナルの声が聞こえたけど、今は構っていられない。 私は跳び上がり腕を思いっきり引く。 そこに間合いがあるが、咄嗟に出てきた深紅の杖が空間を消す。 四部に出てくる虹村億泰のスタンドの『ザ・ハンド』のように。 「なッ!」 「だりゃあっ!」 花京院は驚いたような声を上げる。 力の限り固めた拳は殴りかかる前に、兎の前足と重なる。 私が殴っても攻撃はできないが、兎の前足が当たればその部分は消すことが出来る。 突然間合いを詰められたクワガタは、急ブレーキをかけた車のように一瞬止まった。 「うおッ!危ねぇ危ねぇ!」 「ハイエロファントグリーン!」 寸前で当てることが出来ず、空を殴ったあと、花京院が私の腕を引いて自分のスタンドを前に出す。 腕を引かれ、花京院に抱き締められるような形になる私。うは。 さらに花京院の前にはハイエロファントがいて、再び向かってきたクワガタの舌がハイエロファントの頬をかすめる。 「か、花京院っ!」 スタンドが受けた攻撃は本体に返るから、花京院も同じ部分から血が溢れる。 私もジョセフさんたちも声を上げる。花京院は何か言うわけでもなく、私を自分の後ろに引っ張る。 クワガタはそんな花京院と私の周りを徘徊する。 「今の技はもう通用しねえからな、勿体ねぇなあ! お前なあ、数打ちゃ当たるという発想だろーが、ちっとも当たらんぞ! スピードが違うんだよスピードがッ!」 床に這い蹲る花京院とハイエロファント。 そしてその後ろに護られている形でいる私。 その上を余裕の笑みを浮かべて徘徊するクワガタ。 「そして花京院!次の攻撃で今度は貴様のスタンドの舌に 『塔の針』を突き刺して引きちぎる!」 ふはは、と笑い声を上げるが花京院は気にせず再び攻撃をする。 「……エメラルドスプラッシュ!」 かわされている、とアヴドゥルさんが言うが、花京院は危険を感じた表情を浮かべてはいない。 寧ろ血が滴る口元には笑みさえもが浮かんでいる。 「おれに舌を引きちぎられると、狂い悶えるンだぞッ!苦しみでなァ!」 再度放ったエメラルドスプラッシュを避け、クワガタは飛んで来る。 どんどん距離が縮み、ウジュルウジュルとした舌が近付いてくる。 「何?引きちぎられると狂い悶える? 僕の『法皇の緑』は……」 そう言いながらシートからたくさんの触脚が伸びて、クワガタの身体を貫く。 触脚の正体はハイエロファントの足を伸ばして、ひそかにシートの中や下に潜ませていたようだ。 「何ィ!?」 「引きちぎると狂い悶えるのだ!喜びでな!」 言い終わると共に触脚によってクワガタは頭部と胴体がバラバラにされた。 花京院がシートに隠していたんだ、と言うと先程のおじいさんが悲鳴を上げて現れた。 おじいさんは舌を出して悶え苦しむ。その舌にはクワガタのような痣があった。 私達はその痣を見て声を上げたが、次の瞬間頭部と舌が裂けた。 いくら敵でもあまりにも惨いその死に方に、私は目を瞑る。 それとほぼ同じタイミングで閉じている目を手で覆われる。 「……えと、花京院かな?」 手をぺちぺち触りながら尋ねる。 うん。花京院だな、きっと。 「ああ。こんな過激なものを間近で見るもんじゃあない。 それとさっきの無鉄砲だったけど度胸と根性は認めるよ」 「ありがとー」 お礼を言うものの気分は最高にローだ。ハイにはなれません。 咄嗟に目を閉じたのだけれど、一瞬見えた血飛沫や生々しい患部が目に焼きついて離れない。 今見ている景色は漫画越しの世界じゃなく、紛れもない現実。 ここが今は私の現実なのだと実感した。 「さっきのじいさんが本体だったのか。 おぞましいスタンドにはおぞましい本体がついているものだ」 花京院はそう言うと私を後ろ向かせて、手を離す。 そこに深紅の杖が体当たりをしてきた。 『馬鹿ーッ!この無鉄砲!』 「痛ァッ!何すんの、ばか兎!!」 兎の鼻を指で小突く。 いたぁー!と相変わらず可愛らしい声で怒る兎。 花京院も溜息を吐いてから、私の額にデコピンを食らわせる。 「僕もさっき言ったように君は無鉄砲だ」 「いたた......もー、さっきは褒めてくれたじゃん!それにあれが私なりのサポートだよ!」 「褒めたのは度胸と根性だけだ。 確かに君の能力を試そうとした僕も悪いと思うけど、あれでは死にに行くようなものだ」 伏し目がちに視線を落とすが、強い口調の花京院。 やっぱり人の能力を疑ってやがったのか。 きっと能力だけじゃなく私に対してもそれなりに疑問はあったんだろうけどね。 「悪い!試すなんてサイテーッ」 「う……否定はしないさ」 酷いわ酷いわっ、なんてワザとらしく演技めいたことをする。 花京院は少しだけ頭を下げる。 「……なんてね。こんな敵の死ですらまともに見れないような女だしね。 戦力にならないなら、ホリィさんの看病してた方がいいって思うのは当然だよ」 「いや……」 肩を竦めて苦笑する私。 そうじゃない、と口を挟まれたが続けて話す。 「でもね、私は成し遂げたいことがあるから一緒に行くの。 だから私、これから皆を護れるくらい強くなる。信じて?」 そして拳を花京院の前に突き出して へら、と笑う。 花京院はふ、と小さく笑って拳をあわせる。 「わかった、信じるよ。 それにしてもさっきの掛け声といい、言ってることもやってることも女性らしくないな」 「ははは、そりゃ失礼。出来るかぎり乙女らしい振る舞いを心がけるよ」 「いや強要したわけじゃあないから、君らしくそのままでいいと思うよ」 先程とは打って変わって、優しい表情の花京院。 もしかして冷たい態度は不信感からきてたのかな。 能力分かんないし、こういうこと言いたくないけど女だしなあ。 闘いの場において足手まといはいらないもんね。 でも一つだけ分かることは、言葉でも言ったように花京院が さっきよりも私を信頼してくれたということだ。 それだけで大きな進歩だよね? なんて思い頬が緩むのがわかる。我ながら単純だなあ。 それでもまだ残る問題があった、と前を向く。 BACK<<★>>NEXT 2009/08/16 |