例の如く空条家に着いた承太郎は、ヌシヌシと歩いて奥へ進んでいく。 その間に花京院の血がぽたぽた滴っているが気にしていないようだ。 家の中をどんなに汚しても承太郎はきっと自分で掃除なんかしないんだろうな。 私は未だ意識の戻らない花京院をじっとみる。 整ってるなあ、このピアスってチェリーで出来てるのかなあ、など余計な空想に浸っていた。 承太郎は口数が少ない私を心配そうに...というわけではないが声を掛ける。 「……どこか痛むのか?」 「え、何が?」 「いや、無事ならいい」 私が黙っていたのは負傷したからかと思ったらしい。 なんだか、私と言う人間は生傷が絶えないようなイメージを持たれているのかもしれない。 花京院を担いでいる承太郎はなにも無かったかのように歩き出す。 心配してもらえたので心が弾むように嬉しくなった。我ながら単純である。 そこに白い兎の姿をした私のスタンドが承太郎の頭の上に現れる。 そしてイギーが承太郎の頭に乗るように、深紅の杖も乗った。 すぐに引き剥がされると思ったけど、承太郎は気にせずそのまま乗せている。 羨ましい。私もそんな感じで肩車されたい。 「そういえばお前のスタンドって喋るのか」 「そうみたい。減らず口ばっか叩いてるよ」 『じょーたろ、深紅の杖って呼んでよー』 女の子らしさを持った可愛い声に間延びした口調。 人型だったらどんな可愛い姿だったか、と想像してしまう。 頭の上で喋りながら頭をペシペシ叩かれたもんだから、流石の承太郎も少し驚いたようだ。 『一括りに“スタンド”って呼ばれるの好きじゃないなー。 だって“人間”って呼ばれるの嫌でしょう? 折角名前貰ったんだし僕だって名前で呼ばれたーい』 言いたいことを言い終わると承太郎の頭から飛び降り、着地寸前で姿を消した。 その動きは軽やかなものだった。 「自己主張の強いスタンドだな」 「本当にね。本体のキャラが薄く感じるくらいね」 とほほ、と切実に語る。 結局名前を呼ばない承太郎。 いや、きっと来るべき時になったら呼ぶだろう。 10 広い廊下を歩いていくとその奥からホリィさんが歌っているのが聞こえてくる。 楽しそうに軽快なリズムで口ずさんでいて本当に可愛い。多分洗濯物を干している最中だ。 鼻歌を口ずさんでいる最中に、ふと承太郎が映っている写真立てに目をやる。 「あ!今承太郎ったら学校であたしのこと考えてるっ。 今……息子と心が通じ合った感じがあったわ」 語尾の調子はやけに甘ったるく、ハートが沢山つきそうなほどだ。 そんなホリィさんの声が聞こえたので、承太郎を見る。 するとやれやれだぜ、と小さく呟いて、私と目を逸らしながら先に進む。 進んだ先には丁度洗濯物を干している縁側を通るため、ホリィさんを発見した。 「考えてねーよ」 承太郎が眉間にシワを寄せながらヌシヌシと通る。 その拍子に結構大き目の写真立てが宙に舞う。 「きゃああぁっ」 「ただいまー」 ホリィさんは驚いて悲鳴を上げる。 慌てふためくが、さっき抱き締めていたと思われる写真立てを見事にキャッチした。 そして承太郎に振り向くと何かを言おうとしたが、担いでいる血だらけの花京院をみて驚く。 「じょ、承太郎!それにちゃんまで。 学校は……それよりその人はッ!まさかあなたたちがやったの……?」 心配そうに眉を下げて、どうしようどうしよう、と私と承太郎と花京院に何度も目を遣る。 私が勝手に説明していいものかわからず、苦笑するしかなかった。 一方承太郎は気に留める様子はない。 因みに一応私も加害者に含まれているらしく、“たち”と言ってるホリィさんにつっこみたくなった。 「じじいは茶室か?」 「え、ええ……アヴドゥルさんといると思うわ」 ホリィさんは聞かれるがままに答える。 いまいち場所を把握しきれてないけど、茶室は確かこの奥の部屋だったような。 承太郎は花京院を引きずりながら奥へと向かう。 ホリィさんに何も説明をしないままなので、今度は私がホリィさんと承太郎を交互に見る。 「ホリィさん……あの、承太郎は悪くないっていうか、えっと」 まるで以前ゴロツキに絡まれたときのような弁解しか出来ないのが歯がゆい。 まさかホリィさんに『スタンド』の話をするわけにもいかないし、かといって何も説明しないのも駄目だと思う。 ホリィさんは悲しく心配そうな表情を浮かべているかと思い、表情を伺うと笑っていた。 「大丈夫よちゃん。ママには、あたしにはなんにも話してくれないけど……。 本当は心の優しい子だってちゃあんと見抜いてるんですからね……っ」 「ホリィさん……」 承太郎への溺愛っぷりはもう十分にこの身で感じてきた。 だけど逆にこんなに承太郎を信頼していることがすごいよなあって思う。 身内や大切な人に対する愛情の深さは果てしなく深い。 承太郎、あんたのお母さんは偉大だよ。本当に。 そう心の中で叫び、うんうんと唸っていると承太郎が声を掛ける。 勿論ホリィさんにだ。ホリィさんが返事をすると。 「今朝はあまり顔色がよくねぇーぜ。元気か?」 「イエーイ!ファイン!サンキュー!!」 「ふん。、早く来い」 「うん!」 ホリィさんはにっこり笑ってVサインをした。 私を呼んだ後は踵を返して歩いていく。 何だかんだ言ってホリィさんを大切に思ってる承太郎。 ホリィさんは満面の笑みでこちらを見る。 「駄目だなこりゃあ」 「え?」 最初に口を開いたのはジョセフさん。 疑問符つきで喋ったのは私だ。 今私達は茶室に居る。 これまでの状況を説明した後、花京院を畳の上に横たわらせジョセフさんが言う。 「手遅れじゃ。こいつはもう助からん。あと数日のうちに死ぬ」 ジョセフさんは私の頭をくしゃくしゃと撫でながら承太郎を見る。 承太郎もジョセフさんに何か言いたげな視線を送る。 「承太郎……お前のせいではない。 見ろ、なぜこの男がDIOに忠誠を誓いお前を襲いに来たのか。 理由はここにあるッ!」 そう言って花京院の前髪を上げ、額を晒す。 すると前髪の付け根部分に何かがうごめいている。 「何だ?この動いているクモのような形をした肉片は?」 「それはDIOの細胞からなる『肉の芽』。その少年の脳にまで達している」 アヴドゥルさんは更に、『肉の芽』は精神に影響を与えるよう脳に打ち込まれているという。 その間にも花京院の額に打ち込まれている『肉の芽』はウジュルウジュルと動いている。 「つまりこの肉の芽はある気持ちを呼び起こすコントローラーなのじゃ!! カリスマ!ヒトラーに従う兵隊のような気持ち! 邪教の教祖に憧れる信者のような気持ち! この少年はDIOに憧れ忠誠を誓ったのじゃ!!」 その後もジョセフさんは、続ける。 カリスマ(人をひきつける強力な個性)によって支配して、 花京院に承太郎を殺害するように命じたのだ......と。 そこで承太郎は口を開く。 「手術で摘出しろ」 「この肉の芽は死なない。 脳はデリケートだ、取り出すときにコイツが動いたら傷付けてしまう」 承太郎の妙にもっともな答えに唸るジョセフさん。 出来ることなら摘出してあげたいのだが、と付け加える。 そこでアヴドゥルさんが冷や汗を流しながら淡々とした口調で話し出す。 「承太郎、こんな事があった。 4ヶ月ほど前……私はエジプトのカイロで……DIOに会ったのだ」 職業が占い師であるアヴドゥルさんは、カイロのハンハリーリという市場に店を出していた。 DIOと会ったその晩は満月だった、と苦しそうに話す。 「奴は私の店の2階への階段に、静かに立っていた」 心の中に忍び込んでくるような凍てつく眼差し。 黄金色の頭髪。 透き通るような白い肌。 男とは思えないような怪しい色気を持っていたという。 男には使わないような表現だよ、本当に。 そうつっこみたくなったのは私だけだろうか。 アヴドゥルさんは続ける。 「すでにジョースターさんと知り合いだったので、話を聞いていた私はすぐにわかった。 こいつが大西洋から甦ったDIOだとッ!」 冷や汗を流し、思い出して恐れるように語るアヴドゥルさん。 承太郎はただ無言で話を聞いている。 そしてDIOは心が安らぐ、危険な甘さ含んだ言葉を紡ぐ。 まるで麻薬のような危険さと誘惑を持っているかのような。 「君は……普通の人間にはない特別な能力を持っているそうだね? ひとつ……それを私に見せてくれると嬉しいのだが」 そこでDIOは自らの髪から肉の芽を埋め込むべく、髪を伸ばす。 そしてその伸びた髪の毛たちはアヴドゥルさんに向かってきたという。 しかしジョセフさんから話を聞いていたお陰で、一瞬早く窓から飛び出し逃げ出せた。 更に迷路のような市場に詳しかったからDIOの追走から逃げられたと。 そこでアヴドゥルさんの話はは終わり、一息つく。 「でなければ私もこの少年のように『肉の芽』で仲間に引き込まれていただろう。 『スタンド』を奴のために使わされていただろう」 滴る冷や汗を拭いながら言う。 そこにジョセフさんも加わる。 「そしてこの少年のように数年で脳を食い尽くされ死んでいただろう」 「死んでいた?ちょいと待ちな。 この花京院はまだ死んじゃいねーぜ!!」 複雑な表情で言うジョセフさんの言葉を跳ね返すように、強い口調で言う承太郎。 そう声を上げると承太郎の背後からスタンドが現れ、承太郎は両手で花京院の顔を押さえる。 「承太郎ッ!」 ジョセフさんが承太郎の肩を掴もうとする。 私は咄嗟にジョセフさんの手を先に掴んで、首を横に振り制止する。 「じじい!俺に触るなよ! こいつの脳に傷を付けず引っこ抜くからな……。 俺のスタンドは一瞬のうちに弾丸を掴むほど正確な動きをする」 承太郎のスタンドは徐々に肉の芽に近付いていく。 ジョセフさんは私を振り払わずに叫ぶ。 「やめろッ!その肉の芽は生きているのだ!! なぜ奴の肉の芽の一部が、額の外に出ているのか分からんのか! 優れた外科医にも摘出できない理由がそこにあるッ」 そういい終わる前に肉の芽は触手を伸ばし、花京院の顔を抑えている承太郎の左手に潜り込んできた。 肉の芽の触手の進行スピードは速く、皮の下を伝っているのがわかる。 「まずい、手を離せ!承太郎」 「摘出しようとする者の脳に侵入しようとするのじゃ!」 二人は各々声を上げるが承太郎は集中しているためか、反応はない。 承太郎の手の甲を触手が這う頃に花京院が目を覚ました。 「き……さ、ま」 「動くなよ花京院。しくじればテメーの脳はお陀仏だ」 触手は手の甲を越え、腕を伝い、顔面を這っている。 承太郎の顔の皮膚にくっきりと肉の芽の触手の痕が見える。 私のいざとなれば私のスタンドで消せるかなあ。 そんなことを考え、手を握ったり開いたりしてみる。 「手を離せジョジョ! 顔まで這い上がってきたぞッ!」 飛び掛っていきそうな勢いのアヴドゥルさんを制止したのはジョセフさんだった。 ジョセフさんはアヴドゥルさんを制止して感嘆の声をもらす。 「わしの孫は……なんて孫だ……。 体内に侵入されているというのに冷静そのもの……。 震え一つおこしておらんッ!スタンドも!」 もはや頬を伝い、目まで近付いてきている肉の目は承太郎のスタンドによって摘出された。 抜き取り、侵入された肉の芽も引き出して左右に引きちぎる。 さらに触手は倒したが、中心部の本体は倒しそびれ宙を舞う。 そこにジョセフさんが『波紋疾走』を使って倒した。 すると肉の芽は霧と化してさらさらと消えていった。 花京院は痛む頭をさすりながら不思議そうな声を上げる。 そして立ち上がって縁側へ向かう承太郎に問う。 「何故お前は自分の命の危険を冒してまで、僕を助けた?」 「さあな……。そこんとこだが、俺にはようわからん」 承太郎が背を向けて答える。 花京院の目には涙が浮かんでいた。 私はハンカチ……は持ってないからティッシュを手渡す。 「はい、頭から血ぃ出てるよ。私は。でいーよ!」 「……すまない」 「いや、ここは謝るよりありがとうがいいな」 そういうと花京院は微かに、本当に少しだけ笑った気がした。 なんとなくだけどそんな気がした。 余談だけど、その後花京院の怪我を手当てをした。 嫌がったけど承太郎も血を流してたのを覚えてたので、無理やり手当てをした。 そのさいに承太郎に、うっとおしいぞ!と三回は言われた気がする。 BACK<<★>>NEXT 2009/08/08 |