私のスタンドに名前が付いた。
深紅の杖(カーディナルワンド)』と言う名前だ。

アブドゥルさんからスタンドの名前を貰ったあの後、
私はスタンドを一旦しまってホリィさんのお手伝いに行った。
お手伝いも済んで部屋に戻り、再びスタンドを出そうとする。


そういえば四部で仗助が康一くんにスタンドの出し方として、誰かを護りたいとか
相手を倒したいって思えばいいって言っていたのを思い出す。
そういったやり方もアリなんだよね、と思い強く念じてみる。


すると白くてモコモコした兎が現れた。これが私のスタンドなのだ。
私が布団に転がると深紅の杖……兎でいーや。兎も転がった。


「お前の能力は何?」


問いかけたところで返事はない。
みんながみんな喋るスタンドじゃないもんね、とそう思っていたが。


『僕の能力は“消滅”だよ。
 スタンド能力だろうが物だろうが消すの』

「うわっ、しゃ、喋った……!」


リスのように前足を持ち上げて立ち、ヒクヒク鼻が動いている。
一人称が僕だから分かりにくいけど可愛らしい声をしてる。

『ほら、この前ゴロツキからを助けた覚えてる?
 あのときみたいに“部分的に消す”事と射程距離が3メートル位だから、“射程距離内を消す”事が可能だよ』

と得意そうに言う。
私の動揺なんか気にも留めない振る舞いだ。
正直恐ろしい能力だな、と苦笑する。










08








この世界に来て数回目の朝を迎えた。
いくら数を重ねた所で、長年使っていた自分の部屋じゃないから
目が覚めて不思議な感覚に陥ることもあった。
それにも最近慣れてきて、この現状が夢じゃないかと疑問に思い頬をつねる事もある。


今日もなんとなく頬をつねってみた。
……遺体、いや痛い。だから夢じゃない。


夢じゃないと確認できたところで時計に目を向ける。
時計の針は7時を回っていて、ホリィさんがジョセフさんを呼ぶ声が聞こえる。
くんくんと嗅覚をフルに研ぎ澄ませばホリィさんが作ってくれる朝食の香りが、
消化を済ませて空っぽになっている私の胃袋を刺激する。


「お腹……減ったなぁ」


気怠い身体に鞭打って、一昨日に買ったばかりの制服に着替える。
新しい服の匂いとシワ一つない制服を眺めて小さく微笑んだ。











「ホリィさん!おはようございますっ」

「おはようちゃん。あらぁ可愛いわ!後で写真撮っても良いかしら?
 あ、もう少しでお弁当も出来るからね」

「ホリィさんとツーショットなら!うわー嬉しいっありがとうございます!」


写真の話に関しては冗談ぽく言うが、ホリィさんとツーショットなら大歓迎だ。
まさかお弁当を作ってもらえるなんて嬉しすぎる。感激のあまり涙が零れそうだ。

そこにジョセフさんやアヴドゥルさんも支度を済ませキッチンに顔を出す。
二人ともいつでも出掛けれるような、完璧な格好で出てきた。


「あ、ジョセフさんアブドゥルさん。おはようござます」
「ホリィ、ーっグッドモーニング!」
「お二人ともおはよう」


ホリィさんは火元の傍なので、私にハグをしてくれたジョセフさん。
ジョセフさんはいつまで経っても若い頃のままの性格なんだなーって心が温かくなった。


はもうわしの孫同然なんだから、『おじいちゃん』って呼んでいいんじゃぞ?」
「あ、はい。もう少し慣れてきたら……」


ジョセフさんは私のことを孫と思い、“娘の親友の娘”として接してくれている。
でも私自身は“娘の親友の娘”となんら関係ない人間であって、
何だか騙しているような複雑な気分になり、笑って受け流す。
いっその事、おじいちゃん!と呼んで受け入れてしまうべきか否か。
ひたすら考え込んでしまう。

と、そこに承太郎もキッチンに現れた。
いつもの制服を着用して、例の如くやっぱり学帽もかぶっていた。


「承太郎おはよー」
「……ああ」


承太郎はキッチンの様子を見ると、流れるようにダイニングテーブルの方へ行き、椅子に腰掛ける。
まるで料理が運ばれてくるのを待っているレストランの客かのような態度だが、
それが当たり前のようなので気にしないことにしている。

今日は先に箸と皿の用意がされていたので、ホリィさんの料理を配膳した。
するとホリィさんは、ありがとうと微笑んでくれた。笑顔が眩しいですっ。


配膳した料理を承太郎は待ってましたと言わんばかりに、食べ始める。
ご飯は用意していなかったので、みんなの分を盛り付けていくと承太郎は満足そうに、
だが無言でご飯を食べ勧めた。


ジョセフさんとアヴドゥルさんは、ありがとうとお礼を言ってくれたから満足だけどね。
そこで私もようやくご飯を食べ始める。

と、そこで承太郎が私をじっとみる。

「な……なに?」
「……なんで制服着てんだ?
 おふくろ、こいつの編入手続きは済んだのかよ」

ちらっとじゃなくて数秒間はこちらを見ているもんだから、吃驚した。
戸惑いながらも尋ねると、今度は承太郎が台所にいるホリィさんに向き直って尋ねる。
やっぱり私はスルーなんだね承太郎!

「ええ勿論済ませたわよ!あ、ちゃんと学校に行ってちょうだいね」
「承太郎!コイツじゃなくてと呼ばないか!」
「…………」

ジョセフさんの注意にも味噌汁をすすっているため、承太郎はスルー。
そこでぎゃあぎゃあと口論(一方的にジョセフさんが怒っているんだけど)になる。
アヴドゥルさんはどうどうとジョセフさんをなだめる役に回る。


なんだか急に賑やかになったな。
昨日は気付かなかったけど何よりすごいのが、みんな箸の使い方が上手だ。
私がそこに感心していると承太郎に、馬鹿かと言われた。だからチョップをお見舞いした。
ホリィさんは楽しそうにその様子を見ている。

たった5人なのに大家族って気がする。
普通の家族よりも賑やかだからかな。


「……うっせぇジジィだな。俺は学校へ避難するぜ」
「え!待って待ってーっ」

承太郎は腰をあげ、綺麗に空になった食器を台所において立ち去る。
私もそれに続くようにご飯を味わいつつ、胃の中に詰め込んで、食器を置いて承太郎の後を追う。







それから承太郎はすぐに支度を済ませて玄関に立っていた。
先に行かないあたり優しいなあと胸がキュンとなる。

私も支度を済ませて部屋から鞄を持って出てくると、ホリィさんが走ってきた。


「二人とも!お弁当忘れてるわよっ」
「あ、ありがとうございます!」
「……」

弁当を大事に受け取り、鞄に入れる。承太郎も無言で受け取る。
そしてホリィさんは承太郎の顔を掴むと、頬にキスをした。

「やめろ、ガキ扱いすんじゃねぇ!」
「んもー照れちゃって。はい、ちゃんもいってらっしゃい」
「あ、あ、いってきますっ」

ちゅ、とほっぺにキスを落とされた。
承太郎は慣れてるからか至って普通だったが私はもうたじたじだ。
ホリィさんは玄関まで見送りをしてくれた。


「気をつけてね〜っ」
「早く家に入りやがれッ」


承太郎は吐き捨てるがまんざらでもない様子だ。
手を振り続けるホリィさんの承太郎に対する溺愛っぷりには感服した。
ホリィさんの姿が見えなくなったのを確認して、前を向いて歩く。


「いいお母さんだね」
「うっとーしいがな」
「私はホリィさん大好き!」
「……」

何も言わないけど そうか、と言ってくれたような気がした。
学校へ行く道は買い物の時に少し案内してもらったけど、覚えられなかった。
だから承太郎とはぐれたらおしまいだと思って必死について行く。

必死に、と言うのは承太郎が歩みを合わせてくれないからだ。
自分だけすたすたと歩いて行ってしまう。だから私は小走りで追い掛けるのだ。
少し歩くと、遠くから人の気配がした。というか元気な話し声が聞こえた。



「あ、ジョジョだわ」


あ。この女の子の声は。
と思った瞬間におはようの嵐が聞こえる。
承太郎は当然の如く無視をしているが。

「え?ジョジョ!」
「何あの女!ジョジョの後追っかけちゃって!」
「ジョジョもなんで追っ払わないのかしら!」


ジョジョ…もとい承太郎のファンの子達がぞろぞろと近付いてくる。
なんで承太郎ってこんなにモテるんだ。
女子生徒たちは承太郎の片腕ずつに抱きついてガッチリとホールドする。
なんかマッチョな大人の腕にぶら下がる子供を思い出した。懐かしい。


「どいてよ!あんたジョジョのなんなのよ!」
「一つ屋根の下で暮らしている関係ですが」
「えぇ!どういう事なのよっ」


私がありのままに言うと女子生徒たちはざわめく。
ついでに言うと承太郎は心底嫌そうに溜息を吐いていた。


「本当なの?ジョジョ!」
「…………」
「ほら、ジョジョは返事しないわよ」
「ねぇジョジョ。数日間何してたのよ?」


承太郎は完全に無視を決めている。
女子生徒はお構いなしのようだが、一人が承太郎の腕に胸を押し付けるかのように
抱きついたらそれが火種だったかのように言い合いが始まった。


原作にもこんな話し合ったなあ、なんてしみじみ思う。
今も近くで「ブス」「ペチャパイ」の言い合いが続いている。


「やかましいッ!うっとーしいぞ!!」
「きゃーっあたしに言ったのよ!」
「あたしによぉ!」


承太郎の怒鳴り声も嬉々として受け止める彼女達。
ものは好き好きだけど怒られて喜ぶなんてすごいな。


そんな言い合いというか承太郎の取り合いと言うべきか。
取りあえず取り合いでいいや。取り合いが続く中、承太郎は我関せずと言わんばかりに歩いていた。


そうして例の、というか花京院に攻撃されるはずの石段を下りる。
ファンの子達は相変わらず楽しそうに承太郎の傍で歩く。
承太郎が何段か下りたその時。


承太郎の左足が突然グッパオンと切れて、バランスを崩した身体は宙を舞った。
ファンの子達は悲鳴のように承太郎の名前を呼ぶ。
効果音はともかく、攻撃を食らったからには花京院が出てくるのが確定だ。

私はどうしよう、とひたすら慌てる。
そこに承太郎が木の枝に手を伸ばすシーンを思い出した。
私に出来ること、出来ること……と考えたが。

「うあー私の能力じゃ役に立たないっ。承太郎……!」
『そうだね、早く階段を下りて彼の心配したほうがよっぽどいいよ』

消滅させる能力では何にも役に立たない。
そう思い急いで階段を下ると、白い兎がパッと突然出てきて鈴のような可愛らしい声で喋る。

下りている最中に女子生徒が、木の枝がクッションになったんだわ!と声を上げたのを聞こえた。
近付くと承太郎は木がクッションになって助かっていた。
そのほかに木が何本か伸びて承太郎の身体に絡み付いていた。


先に下りていった女子生徒は承太郎に駆け寄る。
私は階段を下る歩みを止めず深紅の杖に小声で問いかける。

「あなたは植物を生長させる力も持ってるの?」

兎は私をその毒々しい目で、じぃっと私を見つめる。
その目にたじろいでしまい目を逸らすと茶化すように言う。

『……な・い・しょっ』
「……スタンドが食べれるなら肉のパイにするのに」
『自分の精神食べたいなんてすごい神経してるんだね』

ぐう。口の減らない兎だ。大体にしてこんなに喋るんなんて思わなかった。
兎はピョンピョンと跳ねながら下りるが、そこまで話をすると急に消えてしまった。
本当に勝手というか自由なスタンドだなと思いながら承太郎に駆け寄る。


「大丈夫?」
「……左足の膝を切られた」
「見りゃ分かるよ、立てる?」


承太郎は不思議そうに石段を睨みつける。
そしてその石段から、前髪がふわふわでウェーブの掛かった青年が降りてくる。
青年はスッとハンカチを差し出す。


「君……左足を切ったようだが……。このハンカチで応急手当てをするといい」
「……」

承太郎は黙って受け取る。青年は首を傾げて尋ねる。

「大丈夫かい?」
「ああ…かすり傷だ」


青年のその声には心配の色は全く伺えない。
その青年が立ち去ろうと背を向けたとき。
承太郎は声を掛ける。


「ありがとうよ。見ない顔だが…うちの学校か?」

制服を直しながら礼を言う。
青年は少し振り返ってから喋る。

「花京院典明。昨日転校してきたばかりです。よろしく」


そうお辞儀をして去っていった。
女子生徒は、結構いいんじゃない?いや承太郎が一番よ、と話していた。
ちなみに私はどっちも一番だッ!意味ない?












そんなこんなで承太郎が女子生徒を追い払って...というか授業があったからもあるけど。
取りあえず置いといて、医務室までなんとか承太郎を送り届けることが出来た。

送り届けるというか、私は道案内など出来なくてただの肩を貸してるだけなんだけど。

医務室に着くと承太郎は、職員室にいっていいぞと言ったが断った。
こっちの方に居なきゃ意味がないからね。


「ジョジョ!まさかまたケンカしたんじゃないでしょうね!」


女の先生が承太郎を怒る。
医務室に居るのは先生と、不良生徒二名と承太郎と私だけだ。

不良が承太郎がケンカして怪我したことなんか一度もない、と言うとそうよね、と笑い飛ばした。
承太郎はそんなにもケンカが強かったのか。


「おい待ちな。何をする気だ……?」


承太郎がはさみをチョキチョキと動かす先生に向かって言う。
先生が手当てできないからと言うと冗談じゃねぇ脱ぐぜ、と背を向けた。
大事なのは怪我よりも承太郎が脱ぐと言ったこと!そう、脱ぐと!!!

「……何ニヤニヤしてんだてめぇは」

承太郎は気味悪そうに私をみる。
私は笑ってごまかした。ごまかせてないけど。


「えー何のことぉー?ははは」


承太郎がポケットに手をつっこむと同時にハンカチが落ちた。
さっき花京院がくれたハンカチだ。
承太郎はハンカチを拾い上げ、広げると。

「なんだ!これはッ!?」

私はそのハンカチを勝手にひったくると書かれている文章を読む。
ハンカチに書くなんてすごいな、と感心しながら。



『空条承太郎 
 
本日中に貴様を殺す 私の幽波紋(スタンド)で!
花京院典明』 



 ………だって」




私が読み終わったのを合図かのように、不良が悲鳴をあげる。
悲鳴が上がった方を見ると先生が万年筆を強く振っている。その度にインクが不良に掛かる。


「先生っ……何をしてるんです!?」
「何をって……」


みるみる先生の顔が豹変していく。
皺が刻まれ、目付きが変わり…何かに取り憑かれたかのように。


「体温計を振ってッ!目盛りを戻してるんじゃないの!」
「せ、先生」
「そ、それは万年筆です!」


不良が恐々と保険医に言う。
しかし保険医はこれが万年筆に見えるの、と不良の目に万年筆を突き立てる。
片目を突き刺された不良は痛みのあまり悶える。


「ジョジョ……あなたは万年筆にみえるなんて言わないわよねッ!?」

そう言いながら荒い息使いで万年筆を今度は承太郎に突き立てる。
承太郎は片手で受け止めるが先生の腕力に押される。


「承太郎!この先生操られてるんだよ!」
「どーやら…そーみてぇだなッ」


私が声を上げる。
承太郎は力の限りに先生を引き剥がそうとする。


「……そのとおり。その女医には僕のスタンドが取り憑いて操っている…。
 僕のスタンドを攻撃することは、その女医を傷つけることだぞ」
「誰てめぇはッ!」


声の主は、先程石段でハンカチを貸してくれた彼だ。
彼は窓の桟に腰掛け、操り人形のようなものを持っていた。
承太郎の問いには答えずにスタンド名を名乗った。


「僕のスタンドの名前は『法皇の緑(ハイエロファントグリーン)
 僕は人間だが、あのお方に忠誠を誓った。だから!貴様を殺す!」

声が合図となってか先生の口に何かが潜んでいるのが見えた。
あれが『法皇の緑』だ。


「承太郎!口の中!!」
「ああ!」

承太郎は先生の万年筆に頬の肉を少し削られて声をあげる。
そしてすぐさま承太郎は保険医の唇に食らいつく。
正しくはスタプラが保険医の口の中のハイエロファントを引きずり出す。


「この先生を傷つけはしねーさ!
 こうやって引きずり出してみりゃあなるほど。
 取り憑くしか芸のなさそうなスタンドだぜ!!」


承太郎は不適な笑みを受かべる。


私は目を刺された不良に駆け寄り、ガーゼを沢山あてる。
そしてもう一人の不良に、怪我した不良を病院に連れて行くように言う。
不良はガタガタ震えながらも肩を担いで走って行った。

それを見送って私は承太郎と花京院の闘いをみる。


「この骨折が治ってれば……」

拳を強く握り、憎らしく左腕を睨む。
そこでぴょこんとまた兎が出てきて言う。


『治ってれば?闘うの?』
「勿論!……ってあんたまた出てきたの?」


力を込めて言う。しかし腕はまだ痛む。
まだ一週間も経ってないから無理もない。



『だいじょーぶ。もうすぐ治るよ』
「そんなわけないでしょ」


そう言って兎をデコピンした。
いたーい、と間延びのした、その場にそぐわない可愛らしい声が響いた。





















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2009/07/28