気付くとそこは簡素で仮眠室のような造りの部屋だった。
天井は低く、部屋の配色も落ち着いた色合いだ。

私が目を覚ますとすぐ傍に腰掛けていたらしい三十代くらいの女性が席を立った。
その女性は眼鏡を掛けた落ち着いた雰囲気を持ち、警官服を着ていた。
最後の記憶を辿り、すぐにここが警察署だと思う。

「気が付かれましたか。お母様がご心配なさってましたよ」
「承太郎はっ……、もう一人の男の人はッ?」

眼鏡を掛けた婦人警官は、眼鏡をくいっと上げながらその方でしたら、と呟く。

身体を乱暴に起こすと、腕に激痛が走った。
腕にはギプスが嵌められていてすごく邪魔である。



「その方でしたら地下の留置場に居ります」
「承太郎は(度が過ぎてるけど)正当防衛なんです」

「……私では対応致しかねません。とにかくご親族の方がお待ちですので」

腑に落ちない、と表情で表すが婦警は気にも留めずに優しく言う。
言いながら扉のほうに目をやる。
私は婦警にお辞儀をして、扉を開ける。

そこにはホリィさんが目に涙を溜め、わなわなと震えながら立っていた。
怒られる、と身構えた矢先にめいいっぱい抱き締められた。


ちゃんっ無事でよかったわーっ!!!」
「ご、ごめんなさい……」
「そうだわ。これ、承太郎が渡してくれって」

ぎゅーっと熱烈で強烈なハグの後に、買い物袋が手渡された。
中身を見ると、今日買った分の制服や教科書など一式がその中に入っていた。
ホリィさんは心配そうな顔で私を見つめる。


不安気にも受け取れるその眼差しに、私はなんだか申し訳ない気分になり顔を伏せる。
承太郎と買い物に行ったのに一人は捕まり、一人は気絶してたんじゃそりゃ心配するよね。


この世界に来てからというもの、怪我やら事故やら問題が多々発生している。
何かに取り憑かれてんのかなーと自分が心配になる。
ホリィさんは涙を目いっぱいに溜めた顔を更にずいっと近付けて、心配そうに私に問う。


「承太郎は人なんか殺してないわよねっ?」
「………へ?」


見当違いというか想定外な問いに私は間抜けな返事を返した。
ホリィさんは至って真剣に、涙を浮かべた顔で私の返事を求めている。
私が殺しなんかしてませんよ、とだけ言うと頬が緩んだ。

「ならよかったわ。
 あ、明後日にでも私のパパが来てくれるんだけど……。
 承太郎に会うのはそれからでも大丈夫かしら?」

「?……あ、はい。ダイジョブです」
「じゃあそーゆーワケで今日はもう帰りましょう。疲れたでしょ?」

にっこりと微笑むホリィさん。
私は微かに頷いて歩き出す。

そういえばここから本編が進み始めるのか。
だけど承太郎が心配だなあ。お礼も言いたいし。
でも会えるのは早くても明後日になっちゃうのか。

そんなことをぼんやり考えながら、ホリィさんと空条家へ戻っていった。














05













帰宅後ホリィさんがすぐエプロンを着用して夕飯はすぐだから、と微笑み準備を始めた。
承太郎が居ない広い純和風の造りの建物が侘しく感じる。
窓の外を見れば少し雲に隠れて茜色の夕焼けが見える。

私はお箸を並べたりお手伝いをしながらホリィさんに話しかける。

「そういえば、どうして承太郎を連れて帰ってこなかったんですか?」
「本人が嫌がっちゃって。悪霊がどうとか言ってたわねぇ、ふふ」

小さく微笑む姿は楽しそうだ。
原作なら悲しそうにしていたのに、ジョセフさんが来るからだろうか。


「そうなんですか……。
 えぇと……おじい様はいつ頃こちらに?」

「おじいちゃんって言ってあげてネ。明後日のお昼頃に着くって。
 んもう、敬語じゃなくていいのに」

「明後日のお昼ですか。あ、なんか照れちゃって……えへへ」


明後日のお昼まで承太郎に会えないのか。
寂しいですね と言ったらホリィさんは眉を下げて微笑み、頭を撫でてくれた。

牢屋の中で不自由してないかな。ご飯まずいと怒ってないかな。
って良く考えればスタンドが勝手に物持ってくるんだっけっか。
そこまで考えているうちに夕飯が出来上がっていた。


そう言えば承太郎が居ない食卓は初めてだ。
同じ事を考えていたのかホリィさんは承太郎が座る席を一瞥した。


「承太郎ね、ちゃんが来る前まではもっと荒れてたの。
 まあそんな承太郎も可愛いんだけどね……とにかく怪我しないか心配で」

夕飯のカレイの梅煮をつつきながらポツリポツリと話してくれる。
カレイの梅煮…ホリィさんは和食も洋食も作れてすごいなあ。


「あ、今回は承太郎は悪くないですよッ!
 私が人質に取られただけだし、承太郎からは喧嘩吹っかけてないです!」

ふん!と鼻息を荒くして力説する。
承太郎は悪くないとちゃんと説明しなければ!

「ふふふ……大丈夫、わかってるわ。
 あの子は優しい子だから誰かを護るために闘ってくれるの」

「良かった…あ、ホリィさん。この梅煮すごく美味しいです!」
「ありがとう。でも『です』は禁止よ?」


めっと人差し指を立てて優しくとがめる。
一瞬吃驚したが くすっと笑いがこみ上げた。
そしてもう一口を口に運んで私は親指を立てる。

「……美味しい!」
「ふふ…よく出来ましたっ」

ニコニコと笑みを浮かべるホリィさん。
私は今日の事や小さい頃の承太郎の話をして盛り上がり夜は更けていった。












翌々日。ホリィさんは空港にジョセフさんを迎えに行くと行って家を出て行った。
私は先に承太郎のところに行ってやって と言われたので私も家を出た。


今は一人きり。入院してたときのように一人きり。
いや、あのときはすぐにホリィさんが来てくれたから一人じゃなかった。
次の日も承太郎がいたから一人じゃなかった。

「一応道は覚えてるけど寂しいなあ」

警察のところに行くので服装をどうしようか迷った結果、
元の世界から持ってきていた制服を着用して行くことにした。

ブレザータイプの制服で、ローファーは走りづらいのでいつもスニーカーを履いている。
もしもここでスタンド使いに襲われても、走って逃げれます的な。
制服にスニーカーに、ギプス……なんとも言えない組み合わせだなと苦笑する。
腕の調子はまあまあ。





何とか警察署に無事に着くことが出来た。
空条家から極端に遠くなくてよかった。

私は敷地内に入り、受付を済ませて担当の警察官に話をつける。
大方の話はホリィさんがしてくれている筈、という予想通りスムーズに事は進んだ。

ただ、女子高生一人だからということで少し時間がかかったが。
面会のため、すぐに担当の警官に案内をしてもらった。
これで承太郎と久々の対面を果たせる。



牢屋にはたくさん人が収容されていてる。
だから時々卑猥な言葉を投げ掛けられたり、
罵声も耳に届いたが仕方なしに苦笑するしかなかった。

その道を進んで行くと承太郎のいる牢屋の前に付き、驚いた。
この二晩で牢屋の中がいつの間にか、持ち込まれた物だらけになっていたのだ。
ラジオに漫画、ビール缶など沢山の品々が溢れていた。


「じょーたろ!」
「……」

私は牢屋の鉄格子に掴みかかり、大きな声で呼んだ。
……しかし無視された。

承太郎は簡素なベッドの上で悠々と読書をしていた。
そこに相部屋の囚人たちは涙目で私に訴えてきた。


「コイツの彼女かァ!?早くコイツを連れてってくれよォ!!」
「いやーん彼女だなんてっ」

囚人の必死なお願いも“彼女”という単語でかき消され舞い上がってしまう。
照れちゃうじゃん、なんてふざけて言う。
しかし承太郎が音を立てて本を閉じると、心底怯えた声を上げる。


「あいつは化け物だァァ!もう悪さしねぇからッ!!」
「そんな怯えなくても……」

「……おい」

囚人が恐怖のあまり鉄格子に掴み掛かって来る。
不思議そうにしていると承太郎が私に声を掛けてきた。
それもすごく面倒くさそうに。

「なぁに?」
「お前も昨日見ただろ、俺に取り付いてる悪霊を」

気のせいかも知れないが、どこか遠慮がちなその声色に驚きつつも頷く。
承太郎はベッドに腰掛けているものの、しっかりと私を見て話す。

「うん。あ、その件についてはおじいさんが来るから心配ないよ」
「……どうしてジジィが出てくる。
 話聞いてんのか?俺に悪霊が取り付いてるから近寄るな」


承太郎の眉間に皺が深く刻まれる。
険しい表情になった承太郎はどこか余所余所しさを感じられる。


「私はだいじょーぶ!
 その不安要素もおじいさん達が全部かき消してくれるから」

「だからジジィが何をしてくれるんだよ」


吐き捨てるように言った。
その言い方には諦めも含まれているのかもしれない。
スタンド能力を持っている人間は自分だけしか知らない。

いっそ私もスタンド使いかも知れない、といえば良いのだろうか。
いやまだ自分が使いこなせていないのに言うのも駄目だよな。

承太郎が突き放すような言い方をするのは心配からなのだろうか。
何をするか危ないから近寄るなっていう。


「おじいさんが道標になってくれるよ。これから先の」
「あ?」
「承太郎は希望……だと思うよ」


ジョセフさんはジョースター家の血と因縁を語り継ぎ、進む道を指し示す“道標”で
承太郎は道標が示す道とその先を切り拓く“希望”

「……ここイッちまったか?」

なんで俺まで出てくるんだ、と自分の頭をコツコツ突きながら言う。
心底呆れた顔をしてるなあもう。でも仕方ない。


「まぁいつか分かる事だしいーや。
 とにかく承太郎、昨後日は有難う。
 助けてくれただけなのに承太郎が警察に捕まっちゃうハメになってごめんね」

「話に脈絡ねェな。一応言っておくが俺は自ら進んでここに居るんだぜ」


承太郎はフンと鼻を鳴らしながら言う。
気にするな、と言ってくれてるような雰囲気。きっと言わないだろうけど。
だけど許して貰いたいというか、自省の念に駆られるというか。

「うー…そうだとしても腑に落ちないから謝らせて」
「………好きにしな」

やれやれだぜ、と呟きながら言う。
それから昨日と一昨日の話をした。

「昨日ね、小さい頃の承太郎の写真みたんだよーっ」
「……!」
「すごくすっごぉぉく可愛かったぁ……」

あ、よだれが...と口元を拭う。
私って物凄い承太郎のファンなんだなあって客観的に考える。
うーんただの変態じゃねーか。いや気にしちゃだめだ。

「………………全部、見たのか」
「うん」

とてつもない間の後に一言呟いた。
見せて貰える分全て見た私は即答した。
ちなみに写真を数枚頂いたりしちゃったり。


「お前後で覚えていやがれ……!」


アルバムとかって見られるの嫌だよね。
人のアルバムを見るのは全然良いんだけど。
承太郎は項垂れているように見える。


「早く出ればいいのにー。お酒まで飲んじゃって」
「酒は関係ねェだろ」


ツッコまれた。今みたいな感じなら出て来てもおかしくないのになあ。
しかし承太郎は頑として出てこなかった。


他にも沢山の話をしたが、写真の話以外には特に食いつくことはなかった。
だが興味ない素振りをみせながらも、相槌はちゃんと打ちながら聞いてくれた。


そんな話をしていると遠くから靴の音がカツン、と響いた。
複数の人がこちらへ向かってくる。



















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2009/07/11