ぺちぺち、と頬を叩かれている。 何も言われずひたすら叩かれている。 もう朝なのか。寝たのも朝だったけど。 「……ぅ……」 ホリィさんかな?でもホリィさんなら優しく揺すってくれるはず。 誰だろうとまだ眠い。寝かせて欲しい。 そんな願いを込めて寝返りを打つ。 「……てめぇ、いつまで寝てやがる」 低い男の声。 一気に昨日のことも思い出し、脳が覚醒した。 「起きますぅぅ!えと、誰……?」 「……本当に覚えてないみてェだな。もう夕方だぜ」 そこに居たのは体格の良い学ランを着た男の人。 病院内でも帽子だけは絶対取らないポリシーを持っている、私が迷い込んだ世界の主人公。 空条承太郎。彼が私の目の前に立っていて、病室の時計を指差している。 「うん、ご、ごめん。 えーっ、もう夕方!?」 「……さっさとその寝癖直して着替えろ」 肝心の私の質問には答えず彼は足早に病室を出て行こうと歩いていく。 私は慌てて彼を引き止める。 「あ、ま…待って!」 「何だ」 「すぐそこにいてね」 承太郎は振り返って気怠るそうにこっちを見るが、返事はせずにただ一度だけ頷いた。 02 父親がミュージシャンで相当稼いでいるおかげか、小さい頃からこの広い家に住んでいた。 母親はイギリス系アメリカ人なのに日本文化が定着して、和食好きで家も純和風な造りだ。 俺はこの家が嫌いじゃない。母親はいつだって俺に甘いし、父親は金をくれる。 何不自由ない暮らしだが、何か物足りねぇ。 最近じゃあ変な悪霊に取り憑かれて家には買った覚えのねぇものが増えていく。 なんだかついてねぇな。 大体にしてこの広い家に住んでいるのが俺と母親とたまに帰ってくる父親のみってのも勿体ねぇよな。 なんて考えながらベッドから体を起こす。 小さい頃はよく幼馴染のアイツが遊びに来ては男勝りな性格で小さい俺を驚かせたもんだったぜ。 サッカーをしてもバスケをしても木登りをしてもアイツには敵わねェしよ。 喧嘩だってあの頃は力負けして勝てなかったな。アイツ…に。 身支度を整えリビングに行くといつもより上機嫌なおふくろが抱きついて来た。 「おはよう承太郎ーっ!今日も相変わらず格好良いわァ」 「このアマッ朝からうっとおしいぞ!」 いつまで経っても子離れ出来ねぇこの女が母親の、空条ホリィ。 おふくろを引き剥がして早速朝飯を食べようとするが。 「……飯」 「じょーたろーッ。ふふっ、今日ねちゃんが退院するのよー」 「…………」 「で、ママは昨日たくさんお話してきたんだけど。 承太郎はまだじゃない?だから挨拶がてら迎えに行って来て?」 おふくろは歳を考えない甘えた声を出して俺の腕に絡み付いてくる。 こんな事本人に言ったら余計にちょっかい出してきやがるので絶対に言わねぇ。 確かアイツがいる病院は学校の帰り道だったな。だが面倒だ。 「断る」 「じゃあご飯あげないッ。久々に会うんだから迎えに行ってあげて」 「……」 「じょーたろーっ」 「ああッわかった、行って来るから飯よこせ」 空腹とかじゃなくて学校に行く時間が遅くなるからだ。 おふくろは今日は俺が学校に行く日って分かってるから、わざと時間を削らせたな。 チッと舌打ちするとおふくろは鼻歌を歌いながら飯をよそって来た。 ……やれやれだぜ。 居候の名前は。 俺と同じ17歳でさっきも言ったが昔に何度か遊んだ覚えがある。 だがそいつはここに来る前に事故に遭っちまって、記憶を失くしちまったらしい。 失くした記憶は過去の自分の事だけらしい。だから当然俺やおふくろの事も覚えていない。 俺は玄関で靴を履き、立ち上がる。 そこにおふくろが腹が立つくらい満面の笑みで鞄を手渡してくれた。 「いいかおふくろ。家までは案内するが、その後は勝手にやれよ」 「やっぱり承太郎はいい子だわ!ママ嬉しいっ」 そう言ってまた抱きついてきた。さらに頬にキスをされた。 俺はうっとおしい、と押し退けながら玄関を出て行く。 おふくろは上機嫌で手を振りながら俺を見送るがすぐに家の中に引っ込む。 いつもは外に出ても離れないくらい付き纏ってくるが、今日は違う。 そのってやつが来るから張り切って支度でもしてるるんだろ。 俺としては女が来るってだけでも嫌で堪らねえんだが、おふくろとしては嬉しいんだろうな。 まああの頃の男勝りな人間なら大歓迎なんだがな。 そんなことを考えながら学校へ向かった。 学校に行き、女の黄色い声を聞きながら教室に入る。 後はその日の授業を受けて帰る。 ただそれだけの行為だが義務教育は終わっちまったから、後は自分の為に行ってるようなもんだ。 放課後になりいつもの女達がキャアキャアと騒ぎながら近付いてくる。 どいつがどのクラスでなんて名前かも知らない女達だ。 「ねぇジョジョ〜一緒に帰らない?」 「あっ!抜け駆けしないでよ、このブス!」 「なによーっペチャパイ!」 いつも人の周りに寄って来ては喧嘩してるこいつら。 仲がいいのか悪いのか良く分からねぇな、女って奴は。 とにかく人の周りでゴチャゴチャ言いやがって。 「うっとおしいぞ!」 「きゃーっ」 俺は女達を振り払い、病院へ向かった。 その病院は最近建ったばかりの真新しい白を基調とした病院だった。 まだ植物の蔦は這ってなくていかにも新築って感じだ。 「ここの3×5号室か」 ここから居候の居る部屋に辿り着くまでが大変だった。 怪しい奴だ、ゴロツキかなど沢山誤解されて三十分は足止めを食らった。 何度も医師達に頭を下げられ、ようやく3×5号室の前にいる。 そういえばも俺と同い年だから、キャーキャー煩いあいつらとも同い年なんだよな。 もあいつらみたいに煩かったらそれこそ面倒だなと扉を開ける気が失せた。 なんとか気を取り直し、俺は取り敢えずノックをした。暫く待つが返事はない。 またノックをした。やはり返事はない。 「……」 居ないのか、と思ったが看護師たちが室内を見るための窓を一応覗いてみた。 すると、3×5号室にちゃんと人が居てベットの上で規則正しく上下しているのが見えた。 つまり爆睡中で俺のノックに気付かねぇ。 このまま家に帰っちまいたかったが、おふくろが絶対許さねぇだろうから取り合えず部屋に入ってみた。 人が出入りする物音で目が覚めるかと思ったら、ピクリとも動かねぇ。 おふくろには連れて帰ってくるよう言われたので、揺さぶってみた。 「おい……起きろよ」 何度揺さぶっても起きない。 仕方なしに頬を軽く叩いてみた。 そうしたらの眉間に深く皺が刻まれた。 そして小さく唸って寝返りを打ちやがった。 「……てめぇ、いつまで寝てやがる」 「まだ寝たい...わ、起きますぅぅ!あ…えと、誰……?」 寝起きの情けない声を上げて起きあがった。 目を擦りながら困った声をあげ、首を傾げて見せた。 「……本当に覚えてねぇみてェだな。つーかもう夕方だぜ」 そこに居たのは病院で使われている寝巻きをを着た一人の女だった。 髪は長すぎず短すぎず肩ぐらいの長さで、その長さ故なのか後ろ髪が爆発していた。 「うん、ご、ごめん。 えーっ、もう夕方!?」 「……さっさとその寝癖直して着替えろ」 俺はあんまり話す気にはなれないので、あまりにも酷い寝癖だけは直すようにとだけ念を押して歩き出す。 廊下に出てすぐの待合室辺りで待っていようかと思ったら声を掛けられた。 「あ、ま…待って!」 「何だ」 「すぐそこにいてね」 俺は振り返って気怠るそうにそっちを見るが、返事はせずにただ一度だけ頷いた。 それだけでもアイツは少し嬉しそうに笑った。 俺は部屋の近くで待っていたのだが、準備はすごく早かった。だが性格は大雑把みてぇだ。 は面倒なのか大胆なのかわからないが、片手が使えないのにも関わらず髪をぐしょぐしょに濡らして出てきた。 タオルでがしがしと拭いているが片手だけなので周りに水が滴り、俺にも飛んできた。 おかげでの(元居た学校のものと思われる)制服が少し濡れている。 しかも腕を固定している布までも濡れている。馬鹿なのか。 「いやーお待たせっす」 「髪ぐらい乾かして来い」 「時間掛かりそうなんで」 たはは、と間抜けそうに笑う。 仕方ないのでタオルで少しだけ拭いてやる。 「あ、ありがとう」 病院の寝巻きだと良く分からなかったが、制服を着ると膝や腕に青痣がついているのが見える。 女だし痛がって階段は下りれねぇか と目でエレベーターを探す。 「あとは自然乾燥でいけそうっすっ。えーっと、承太郎くん?」 「ああ。空条承太郎だ」 「呼び捨てでもいい?私は。です」 「好きにしな」 そう言うとはよっしゃ!と拳を強く握った。 変な奴。しかも元気に階段を駆けて行きやがった。 その挙句 早くーっとか言いやがる。図太い神経してやがるぜ。 はその後世話になった看護師達に挨拶を済ませ、痛み止めの薬を数日分貰ってきた。 入院費やら薬代はあらかじめおふくろが払っといたらしい。 「本当にありがとうございますぅぅ。ホリィさんになんとお礼をしたらいいか」 「俺に言うな」 「自分のお母さんでしょう」 「……構ってやりゃあいいんじゃねぇの」 はあ、と溜息混じりに言うがは大喜びだ。 薬を鞄にしまい込み、病院を後にした。 病院から俺の家までは徒歩二十分くらいの距離だ。 外に出ると暗みが掛かった夕焼けが目に入った。 そろそろおふくろが夕食の準備や部屋の準備も終わってそわそわしてる頃だな。 「承太郎は同い年だよね?」 「そうらしいな」 「そっか。じゃあ同じクラスになれればいいなあ」 こいつも同じ学校に通うのか。 そりゃそうだよな、同じ家に住むんだもんな。 適当に相槌を打ちながら 学校までは何分掛かるか、どんな学校かなどを話した。 そこで気に掛かっていたことを聞いてみた。 「……記憶」 「?」 「記憶無いんだってな」 「無いって言っても昔の自分の事だけなんだけどね」 たははと髪を掻きながら笑う。 困った風に笑うが、悲しいわけじゃねぇみたいだ。 「ま、必要最低限の生きていく知識があればいいよねっ?」 「知るか」 「ふふふ。大切な記憶が残っていればいいんだよ」 なーんてな、と笑いながら照れ笑いをする。 そんな照れる内容か? とか思ったが言わないでおく。 気付いたらもう家が見えてきている。 家の前に誰かいる……おふくろだった。 おふくろは俺達に気が付くと手を振りながら 早くーっと手招きした。 はおふくろを見ると顔をくしゃくしゃにして笑い、俺の手を引く。 本来なら手を振りほどく所だが今日はどうでもいい気がして、引かれるままに付いて行く。 「ホリィさぁーんっ!」 「ちゃーん!お帰りなさいっ。承太郎、ありがとうね」 「ふん」 おふくろに優しく抱きつく。を受け止め、頭を撫でるおふくろ。 俺はその様子を見て、黙って家に入って行った。 いや、入ろうとしたらに引き止められた。 「ありがとう承太郎!これからよろしくね!」 「……ああ」 それだけ言うとはおふくろと何やら話しながら家に入っていった。 俺もその後に続くように家へと入って行った。 そういえば今日は悪霊が全く悪さしなかったな、と自分の手を見ながら思った。 BACK<<★>>NEXT 2009/06/21 |