それはいつもの帰り道の事だった。 いつもの下校時間に学校からの帰り道を歩いていた。 見慣れた道路。見慣れたコンクリートの縁石。見慣れた白いガードレール。 全部見慣れていた景色だったけど...... 突然私の視界は、身体は、悲鳴の様な音と鈍い音と共に宙を舞った。 それは一瞬の出来事なのだけれどもとてつも長く思えた。 全身がバラバラになってしまったかの様な痛みを感じたと思ったら、私の視界は一気に真っ暗になった。 01 伸ばされるのは、赤…いや猩々緋色の手。 人間のものなのか、そうじゃないのか曖昧な存在が手を伸ばし、ゆっくり近付いてくる。 手首から先が暗闇に包まれていて良く見えない。 よく見えないからこそ近付いてくるそれに恐怖を感じてしまう。 私は何だか怖くなって叫ぶ。 ―――嫌…ッ そうすると手は怯えたように……もしくは悲しみの表れのように、一瞬強張る。 どちらの意味か分からないが、強張ったその手は消えて兎のような姿に変わった。 ここでいつも目が覚めてしまう。 「……またか……」 その夢を見た後は必ずと言ってもいい程、頭が呆ける。 ここ最近毎日のように見ていたので学生と言う職業にも関わらず、勉強に身が入んない。 いや、身が入んないのはいつもか。 ふと消毒液や薬品など特有の匂いが鼻についた。 周りを見回すと清楚な白を基調とした壁が左右前後に目に入る。 カーテンが閉まっているものの、隙間から夕焼けが見える。茜色で綺麗。 耳を澄ますと物静かだが時折人の声が扉の外から聞こえてくる。 何とかさんの容態は、とか元気になられて良かったです、とか耳に入ってきた。 どうやら病院に担ぎ込まれたようだ。 しかも個室。何度か人が出入りしたのか、紫陽花の花がベッドの横に生けられていた。 「何で私こんな所に……ん、ッ……」 身動きをとろうとしたら全身を電気が駆け巡るように、激痛が走った。 それでも私の視界の限りでは大袈裟な手当てはしてなくて、せいぜい左腕が固定されてる程度の怪我だった。 そうだ。私は登校中に車に轢かれたんだ。 と、そこへ誰かが病室のドアを叩いて入ってきた。 家族かなと期待したが、知らない女性が花束と果物を持ってきた。 前髪はパーマが掛かっていて後ろは肩ぐらいまでの長さの、優しそうな雰囲気が漂う四十代くらいのの女性だ。 女性は花束をテーブルの上にある瓶に活けながら、嬉しそうに口を開いた。 「良かった、目を覚ましたのね?不幸中の幸いで腕の骨折だけで済んでよかった。 車に轢かれたって聞いた時は失神するかと思ったわ!」 その女性は私の無事を心から喜んでくれているかのように微笑む。 そして気さくな話し方とたまに身振り手振りがこちらを和ませる、まるで理想のお母さんみたいな。 女性は私が寝ている隣に用意してある椅子に腰掛けた。 ……どこかで見た気がする。 だけど私は気になりつつも口を開いた。 「……あ、の……どちら様ですか?」 「やーねぇちゃん!ホリィよ、あなたの居候先の家の!」 あはは、と女性は笑いながら持ってきた果物を漁る。 女性の名前がホリィと聞いて思わず連想したのが、私の好きな漫画のキャラ。 言わずもがな沢山の笑いと感動を与えてくれる私の大好きな漫画。 その漫画の3部の主人公のお母さんの名前と同じなのだ。 ホリィさんに持ってきた果物のうち私に何が食べたいか、と聞かれ 定番である林檎をお願いした。 ホリィさんは手馴れた手つきで皮を剥き始める。 よく見てみれば確かに顔も似ている。 優しい性格とかもこの少ない会話でも分かるくらいに、優しい。 でも車に轢かれて目が覚めたら漫画の世界…なんてそれこそが漫画みたいじゃん。 そんなの空想に過ぎない。歳を考えろ、私。 などと私がただただ黙っていると心配そうに尋ねる。 「……?承太郎の事は覚えてる?」 「承太郎……?」 いや、まさかのまさかでしょ と激しく脈打ち始めた心臓あたりを抑える。 その名前はさっきの私の空想を肯定するものだった。 私は首を横に振って答えた。それと同時に頭痛が走った…痛い。 ホリィさんは少し考えた後に、もしかしてと呟いた。 「ちゃん……もしかして事故のショックで記憶喪失になっちゃった、とか?」 「え、と…自分の名前とかはわかるんですけど……」 記憶喪失ではないけれど、そういう事にしておこう。 ホリィさんは今のこの状況について順を追って教えてくれた。 その話の内容を簡単にすると、 私、の両親は仕事の都合上海外に行ってしまった。 だけど私は日本を離れたくないので両親の昔からの友人である、空条家のお世話になることになったらしい。 本当は今日からお世話になるはずだったらしいんだけど、車の接触事故に遭って…と言う経緯のようだ。 ちなみに小さい頃に何度か空条家には遊びに来ていて、承太郎と仲が良かったとか。 なんておいしいポジションなの! とか思ってしまう私はもうだめだ。うん。 「……あの、なんだかお世話になる前からすいません」 「何堅苦しくなってるの! これから一緒に暮らす家族なんだから変に気を遣わないことっ」 「家族……」 「そうよ、私たちはもう家族なんだから!」 いえーい!と子供のように無邪気な、ホリィさんのその笑顔と一言に胸を強く打たれた。 花京院がお嫁さんにしたいと思うわけだよね、とか思う。 ホリィさんは綺麗に剥き終わった林檎に爪楊枝をぷすりと刺して、 はいあーんして、と手を伸ばす。 そして口まで運んでくれた。お母さんと言うよりも彼女みたいな気がした。 ホリィさんみたいな人をお嫁さんにした人は幸せだなあ。 ……あ、貞夫さんだったね。 林檎は しゃくしゃくと新鮮でみずみずしい音を聞かせてくれた。 それからホリィさんは私に何切れか林檎を食べさせてくれた後に、お医者さんが入ってきた。 私は病院を出たかったが流石に今日は様子見のため入院を余儀なくされた。 だけど明日には帰れるらしい。 「明日はみんなでちゃんの退院祝いねっ」 思い切り盛大なパーティにしましょ、と笑いながら言ってくれた。 それから私の好物を聞いて、それから少しお話をしてホリィさんは夕飯の支度があるから帰ってしまった。 気が付くと外はもう月が映える暗闇になっていた。 まだ身体を動かすと全身が痛いけど、窓辺に立って外を眺めてみた。 辺りはビルやら建物が立ち並んでいて交通の便も良さそうなので、物音が絶えることはなさそうだ。 そして月も明るいし、建物の明かりもあるから無音や真っ暗闇は何とかなりそう。 私は小さい頃から寝るときは電気をつけて寝る派なのだ。 幽霊を信じてるし妖怪だって信じてる。 電気を消して真っ暗になるとそれらが寄ってきそうじゃない? だから私は寝床が変わると電気と物音を確認するの。 「にしても退屈だなー」 さっき寝てたのもあるけどまだ寝るには早い時間だし、この部屋テレビ無いし。 個室なのにテレビなしってどういうことなのっ とか憤りつつも歩く痛みに慣れた身体を動かし、病院内を散歩に出かけた。 人が居るなら病院内は怖くないしね。 しばらくして漫画本を持って戻ってくると病室には、今までなかったはずのテレビがあった。 あ、漫画は病院においてある本ね。 いつのまに持ってきたんだろう、と感動しながらもテレビをつけた。 「……はっ、いかん寝てた!」 お笑い番組やらドッキリやらいろいろな番組にチャンネルを回していた所までは、 辛うじて記憶にあるのだけれど、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。 料金がやばい、と冷や汗がダラダラと流れる。 ホリィさんに顔向け出来ない!なんて焦った。 しかしふと考えてみると、病院にはテレカ的なものを買ってテレビを見るはず。 他の場所は違うかもだけど、さっき散歩したときにテレカを売っているのを見たから、ここはテレカを使う方法だ。 しかし私はテレビを見るのにテレカを使った覚えはないし、買った覚えもない。 「おかしいなー……って、えぇ!!」 よく見てみるとテレビがあった場所には、最初から何もなかったかのように何もない。 物を置いた形跡もないし、出入りは誰もしていないはずだ。 私は沢山の疑問符を頭の上に浮かばせていただろう。 うーん、と腕を組み唸ると目に眩しい日差しが刺さった。 見るとカーテンの隙間から朝日が零れていた。 朝日を見ていたら何だかどうでもよくなったように思えた。 というよりも睡魔が襲ってきたから眠くて仕方がない。 「……もう朝かあ……寝よ」 ベッドの布団を肩まで被り、布団に包まるようにして目蓋を閉じた。 目蓋を閉じればあっというまに意識を手放し、夢の中に意識は溶けていった。 こうして私の奇妙な一日が終わった。 >>NEXT 上記の猩々緋色とは★←このような色です 2009/07/05 修正 |